drryにお世話になってない人はいない、かも。
— snj14 (@snj14) 2010年4月3日
github的な場に正規表現とXPathの妖精(a.k.a drry)はうまれない。wedata(招待なし)やCodeRepos程度のフィルタリング(yappoさんにメール送る手間をかけれるか、どうか)だと妖精が生まれる。
— snj14 (@snj14) 2010年4月4日
混沌の中からしか何かは生れないのか? github じゃなくて wedata や CodeRepos にある何かかなのか
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月4日
あー書き換えられる痛みとかそういうヤツか。たしかに drry に XPath ヤラれる痛みw
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月4日
混沌からしか生まれない、っていうか、なんだろう、「どこまで性善説を前提に作れるか」みたいなところ?
— snj14 (@snj14) 2010年4月4日
「悪いことをされるリスク」と「それを防止するために失う自由さが生む色んな利点」のトレードオフ、とか、そんな感じ?
— snj14 (@snj14) 2010年4月4日
オレ気がついてる事があって、書き換えられることに対する違和感とかよりも、じつは書き換えることに対する、なんていうか意識的なバリヤーが高いというかパワーが必要というか、一般的にはそういう感じみたい。人の土俵にドカドカ土足であがっていくのは怖いみたいな感じ?
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月4日
批評するのとは違うのね。批評みたいなのは自分のシマから出ないで、長距離砲でバンバンやるみたいなモンでしょ。あれは
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月4日
もっと懐に入っていって拳でガツっとやるみたいな感じなんじゃないかな。とっても痛いの。
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月4日
あー、たぶん、痛いのって、殴る側もそうだし、殴られる側もそう。ただ、殴られる側が「ここなら10の力で殴ってもいいよ」っていう心構えをして、その心構え具合を読み取れる(そういう文化を知ってる)人が10以下の力で殴る(技術的なバックボーン必要)とお互い痛くない、ような気がする。
— snj14 (@snj14) 2010年4月4日
1でも痛いから殴るな!(コピー・書き換え禁止!)って言ってるのに殴っちゃったり、5にして!お願い!って言ってるのに6で殴っちゃったりすると嫌な思いをする、のかなぁ
— snj14 (@snj14) 2010年4月4日
元々は、おたがいノーガードで敬意を持って10以上の力で殴りあう。というのがインターネットの流儀なんだろうな。たぶん(適当)
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月5日
拳で深めるコミュニケーション
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月5日
taizooo.tumblr.comそういう文化への理解と、技術的なバックボーンか
— twwp™ (@taizooo) 2010年4月5日
http://tinyurl.com/y9lwzu8 これ、github対wedata,codereposで登録する面倒臭さがgithubの方が少し大きくて、その僅かな差が妖精にとって大きいのでは?という話です。なんでそういう話をしていたのかを言うと妖精に消さr
— snj14 (@snj14) 2010年4月6日