copy and destroy

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今週末の良かったこと

Training for the New Alpinism

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そもそも一番最初は Training for the Uphill Athlete が読みたいと思っていた。 そこにキリアン・ジョルネの名前があったから。

Training For the Uphill Athlete で検索すると国立登山研修所の登山研修というジャーナルが引っ掛かった。

(1)『Training for the New Alpinism』から読み解くトレーニング理論(加藤直之)

2014年アルパインクライミング界きっての論客であり、自身優れたクライマーであるアメリカのスティーブ・ハウス氏が「Training For the New Alpinism」を上梓した。実にB5判450ページ超にわたる超力作であった。今回はこの書前後の時代を探って、この書の持つ存在意義およびトレーニング理論を考察していきたいと思う。

メスナーの「第7級」から始まって、Training for the New Alpinism そして、最新刊の Training For the Uphill Athlete へと。そして、

楽しみに待つ。でも、ただ待つのも癪なので、 Training for the New Alpinism を読むことにした。邦訳はない。英文。キンドル。

I went up for myself

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ワーズワースの詩から、アルプスでのアルピニズムの目覚め(アルプス銀の時代)、アルバート・ママリーのヒマラヤへの挑戦と死とロマンの時代の終焉、20世紀のアルピニズム発展、世界大戦以降の8000m峰14座での国威を掛けた征服戦争、そしてメスナーの登場。超高速で登山と世界の歴史が描かれる。

This ended symbolically in 1980 when Reinhold Messner was asked why he did not carry his country’s flag to the top of Everest, and he replied: “I did not go up for Italy, nor for South Tyrol. I went up for myself.”

In the information age all must be measured. For climbing, an emphasis on difficulty and speed emerged. Hardest, highest, fastest.

In the age of social media all must be shared. The resulting cocktail of cameras, danger, and testosterone are all too often tragic. Rarely graceful.

You can’t fake a sub-four-minute mile just as you can’t pretend to do an asana.

Go simply, train smart, climb well.

深草観音

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深草園地から深草観音まで距離1.5km、標高差300mくらい。岩堂峠まであとちょっと(300m?)。もうちょっと先までいきたい。

いざ、小瀬へ

甲府 vs 新潟 アウェイ 2対0 勝利。ウタカ、ドゥドゥ、曽根田、躍動。
首位、山形と3ゲーム差、そして次節ホーム小瀬にて対決。正念場。

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戦術的ピリオダイゼーション、ピリオダイゼーションとは

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今週末の良かったこと

夏なのか

まだ五月だというのに気温は軽々と30℃を超えて、16時キックオフだというのにまるで真夏のような風景だった。

甲府 vs 横浜FC ホーム 小瀬 2対1 勝利。

先月末以来の小瀬。やっぱりスタジアムで見るサッカーは最高だ。しかもそのゲームが勝利であるならば。前節、ドゥドゥの二発で息を吹き返した甲府は、今節、ウタカの二発でまさに蘇った。コンディションは厳しくてゲーム終盤、パワープレイ的にイバにクロスを集め続ける相手に手を焼いて一失点。ロスタイムは4分。長い。命からがら守りきった。まさに死闘。

まだまだ勝点や順位を指折り数える段階ではない。一つの勝った負けた引き分けたに右往左往しない。勝っても負けても引き分けても、次の試合が一番大事。

夏ですね

本当の夏はナイターだからなかなかこの風景は見られない。試合終了と同時に見られるこの風景は嫌いではない。バクスタは西日が過酷だけども。


山を走る


愛宕山は奥秩父山塊へ連なる南の最果てにある。甲府盆地の中に突き出た半島みたいになっている。

いつも走っている裏山は、標高が500mかそこらで木が生い茂っているので「ここが山頂です」、といっても風景が開けているわけじゃない。完全に林の中だったりする。走って走って気持ち悪くなって、ひとしきり「だれだこんなところ走るヤツは、どこのバカだ」と毒づいてヘトヘトになって、最後、山を下るときに一箇所だけ風景が開けて、甲府盆地が一望出来る。この瞬間だけ「悪いが、甲府盆地はオレのものだ」とか思ったりする。

金曜日のこの時間になると、あー、山、走りてー、早く明日になれー、と思う。実際のところ、行くと、ウゲー、気持ち悪いー、どこのバカだ、こんなところ走るヤツは、ってなるけど

今週末の良かったこと

五月は大変

毎年、五月は地域の行事が目白押しで、大変。この週末でやっと切りがついた。
だから、サッカーもなかったし、No.7の引退試合もなかったし、コーヒーもなかったし、飽きるほど山を走ることもなかった。

モーツァルト・コンプリート(CD換算180枚分)

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アレックス・ロス「これを聴け」、第四章「様式の嵐――モーツァルトの中庸」。
フィリップスのモーツァルト・コンプリート(CD換算180枚分)、バラバラにされてサブスクリプションにアップされている。
モーツァルト・コンプリート、アレックス・ロスは3ヶ月ぶっ通しで全部聴いたそうだ。




いきなり最初が交響曲で183曲。一周、まわすのに一週間くらいかかった。

でも、やるんだよ。

「この塹壕の中に一緒にいるのは誰だろう」



三杯のコーヒーと一枚のトーストによって私は現実に接続する

長い休みが終わって私の5月がほぼ正常に始まった。相変わらず三杯のコーヒーと一枚のトーストによって私は現実に接続する。これらを決まった時間に咀嚼して、その苦かったり甘かったりする味を確認することで夢と現実の境界がややはっきりとしてくる。どっちがどっちの延長線上にあるのかときどき怪しくなるが、現実のほうが情報量が多い気がする。ときどきいちごジャムの代わりにマーマレードが塗ってあって、コーヒーが薄まったり濃くなったりする。

自分はなにによって現実に接続しているんだろう?
そもそも現実に接続出来ているのだろうか?

運動日記(ワークアウト・ダイアリー)




運動日記、2019年、第17週〜20週が終わった。そしてノートもちょうど一冊終わった。
コクヨ ノート キャンパスノート A6 B罫 48枚をつかっている。ノ-221B。
コクヨのノートカバー ノ-659-B で3冊持ち歩いていて、これでだいたい1年分。
4週で1ピリオド。一年間は52ピリオド。
最初にそのピリオドのインデックス(カレンダー)を手書きしてから、次のページ以降にそれぞれの日付の記録をつける。見開き2ページの右肩にページ番号をふる。

今週末の良かったこと

ハンドボトルの話

ハンドボトルを持って走っている。1時間やそこらでは別に水分なくてもなんとかなるけども、気温も20℃を越えて(走るときには気温+11℃が体感温度になるそうだ)

実際より11℃高い(歩いているときではなく、走り出してから10分後の体感温度)気温を想定してウェアを選ぶこと

21オンスなので620ml。水満タンでボトルとホルダー含めて1kg弱か。最初はそんな重いもの持って走れるか、と思っていたけどもう全然慣れた。ボトル握って走るようになって腕振りが変わった。腕を畳んで身体に寄せて振るようになった。そうじゃないとボトルを運べない。

今まで使っていたボトル、飲み口バルブからの水漏れがひどかったので適当に新しいの買った。Camelbak だった。ボトルが短くてちょっと太かった。ロック外してても逆さにして漏れない。凄く調子イイ。

八の字周回


大きい円と小さい円を組み合わせた周回コースで大きい円は順方向と逆方向、小さい円は同じ方向に回る。一周目は八の字に回って、二周目はひょうたん形に回る

大きい円の半分は山頂への巡回コースで(踏み固められたダート、階段あり)、残りの半分は裏山(岩場、シングルトラックなど)、一部道路あり(剥がれ気味のアスファルト、緩やかにアップダウン)

国土地理院の web サービスで調べてみると、だいたい一周2.1km で標高差150m。2月からこの周回コースを走り始めて、最初はなんとか2周。少しずつ周回数を増やしててここ1ヶ月、5周で停滞してた。そして今週末、初めて6周、回れた。

最後の一周、「どこのアホだよ! こんなことやれって言ったのは」とか「いいからだまってやれ、バカ!」とか、そういうコントが頭の中で繰り広げられました

最後の一周、完全に心折れてたんだけど、途中まで行ったらどうということなく走れた。ヘロヘロだったけども。フィジカル大事だけど結局のところ、メンタルなんだな、と思った。

アガった話

世界リレー、4*400mリレー、決勝4位。まさか、マイルリレーで世界に肉薄する時代がやって来るとは。

アガらなかった話

5月は例年、忙しく、残念ながらサッカーも無く、コーヒーも無かった。自分のペースが刻めないときは流れにまかせる。勝っても負けても引き分けても。

今週末の良かったこと


読書の話

この前代未聞、空前絶後な大型連休、読書だけは進んだ。

「数学する身体」すごく面白い

スタートは「数学する身体」だった。そこにユクスキュルの「動物から見た世界」があった。





読書ほとんど止まっていて、じゃあ、なぜ読書が戻ってきたのかというとなんのことはなくて、ちょっとした理由があって走れなかったから。

走れなかったのは残念だったけども、それで読書が帰ってきたのでまんざらではなかった。

日記を続けることの話



ということで、良かった話

  • 読書が進んだ
  • 本を買った
  • 床屋に行った
  • 美味しいものを食べた

なにより、流れに乗ることが出来たこと。

残念ながらサッカーもコーヒーもなかったけども。

と、いうことで、ヨロシク令和。

今週末の良かったこと

数学する身体

「数学する身体」すごく面白い

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「数学する身体」読んでて、(ここで話を一気に端折る)、もっとインターネットに言葉を発するべきだと思った

なにを端折ったのかというと、

古代ギリシアにおける数学は独白的であるよりも対話的で、それが目指すところは個人的な得心である以上に、命題が確かに成立するということの「公共的な承認」だったのだ。

古代ギリシア時代と言えば、文字以前の「声の文化」から、少しずつ「文字の文化」へと移行を始めた時期である。

言葉は書かれる以上に、語られるものであった。

彼らは書くというよりも描き、語る人々である。

そもそも古代ギリシアには、記号もなければ数式もない。その思考を支えるテクノロジーは、わずかに「図」と「自然言語」だけである。 

記号を駆使した代数の言語が整備されることで、数学の表現力が飛躍的に高まるのはようやく一七世紀に入ってからのことで

地面や木の板の上に描かれた図や、声に出して語られる言葉を道具としていた古代ギリシアの数学的思考の大部分は、数学者の外の空間に「露出」している。それは他者に開かれ、ある種の公共性を帯びた思考である。

古代ギリシア期が語る言葉から書く言葉へ、対話から独白への移行期であったとするならば、古代インターネット期(現代のことを指します)は、まるで話すように文字を書く、猥雑でクソウルサイ公な場での対話(ミソクソないまぜ、玉石混交)への移行期なんじゃないか、みたいな。であるならば、黙るのではなくて言葉を発するべきじゃないか? みたいな(適当)。

そもそもなんで数学なのか

それは hysysk サンのせいです。

https://twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=%E6%95%B0%E5%AD%A6%20from%3Ahysysk&src=typdtwitter.com
hysysk.blogspot.com
hysysk.blogspot.com

たいていのことは、みんな誰かのコピーだ。

読書の話(Here, There and Everywhere の話)

例年だとこの時期は花粉症で外に出られず、そうすると本を読むくらいしかすることがなかった。そうやって大物を何冊も倒してきた。 今年は、早くから耳鼻科にかかって予防的に薬を使ってきたのでそんなにひどくない。そのかわり、全然、本を読むような感じにならない。

どうしても読書にたどり着けなくて、そして Kindle で読むようにしてみた。ちょっと手が空いたときに Web を漁るんじゃなくて、 Kindle を読むようにした。

その問題を解決するために、業務時間内で本を読むようにしはじめた。

これを真似た。たいていのことは、みんな誰かのコピーだ。

そんなに徹底できてはいないけども、「数学する身体」は読了した。次はこれに出てきたユクスキュルの「生物から見た世界」を読む。

Kindle の良いところは、あらゆる端末で読むことができること。PC で読んで、スマートフォンで読んで、Paperwhite で読んで。Here, There and Everywhere

元気に走って帰ってきた話(サッカーの話)

勝つ。なぜなら、走って来たから

甲府 vs 京都 ホーム 小瀬 1対0 勝利。

途中交代で入った曽根田がそのあとすぐゴール前に縦に突っ込んで、ドゥドゥとのワン・ツーはゴール前でごちゃごちゃしていて引っかかったものの、なぜかそこにいる佐藤洸一が曽根田にラストパスを出して、ゴール右隅に流し込んだ。ファインゴール。曽根田のシュートシーンでの落ち着きっぷりは異常(褒めている)。

ロスタイムは5分。長い。京都は闘莉王をゴール前に上げてパワープレイ。力と力の勝負。そして命からがらの勝利。

甲府 vs 京都、ロスタイム、ラストプレイ、激闘だった。あまりに激しすぎてバクスタ住人たち(ホームゴール裏寄り)は試合が終わったのかさえわからなかった。選手たちのぶっ倒れ加減が厳しすぎて、勝ったのはどっちなのか? みたいな雰囲気だった

元気に走って帰ってきたよね

今週末の良かったこと

夜桜と提灯

開府500年ということで武田神社は奉納提灯が掲げられている。桜は終わりつつあるけどもちょっと良い風景だった。

走った話(裏山を走る話)

先週はいい感じに走れた。今週はイマイチだった。完璧に準備しても、そういうときもある。

走って行った話(サッカーの話)

今シーズン、ここまで J2 無敗同士の対決。甲府 vs 水戸 ホーム 小瀬 1-2 敗戦。

開始早々、先制したものの前半のうちに追いつかれて、そして後半、終盤、カウンターをスライディングで防いだプレーがファールになって、そこで壁の横を抜いてくるという、10本蹴って1本決まるかどうかという素晴らしいゴールが決まって敗戦。

ただ、試合後、チームを迎え入れたゴール裏が「すべては」のチャントを歌って、少し救われた。

http://hinchas.watson.jp/?p=180hinchas.watson.jp

暖かくなってきたので、走っていった。走っていったからといって必ずしも勝利に結びつくわけではない。そういうときもある。



ゴミ袋の話(タキオン・アノラックの話)


新しい生活に旅立って行った彼と、ときを同じくしてどこかに行ってしまったお気に入りのウインドブレーカー。

ということで、走るときに、シェルがないと命に関わるので(大げさ)、新しいウインドシェル(ウインドブレーカー)を購入した。

webshop.montbell.jp

モンベルのアウトレット、US モデル。とにかく名前が良い。

タキオン(tachyon)は、超光速で動くと仮定されている粒子である。タキオンの存在は特殊相対性理論に反しないが、場の理論において否定的であり、現在においても存在は確認されていない。語源はギリシャ語の「ταχύς(速い)」に由来する。

7デニールといってもなんだかわからないと思うけど本当に薄くて軽くてスケスケで、見た感じゴミ袋だ。色も青色にしたからなおのこと。しかも形がアノラックなので本当にゴミ袋を被っているみたいになる。薄くて軽いのでクルクルと丸めてショートパンツの後ろポケットに入る。便利。

ウインドブレーカー・カムバック

サッカーのタオルマフラーを洗濯してタンスにしまおうとしたら、その奥に黒色のナイロンが挟まっていて、引っ張り出したら無くなったはずのウインドブレーカーだった。

完璧に探しても見つからないのに、そういうときもある。

今週末の良かったこと

フランク・シナトラ経由、カリプソ行き


デタミネーションズの "Under My Skin" 大好きで、フランク・シナトラが歌っていたとは知らなかった

シナトラからカリプソ経由の under my skin だった

デタミネーションズの "Under My Skin" はトリニダード・トバゴのキング・オブ・カリプソ、マイティ・スパロウのカバーだったのだ。ジャケットとてもイカス。


で、この "THE OUTCAST" の "Tour Of Jamaica" "I’ll Be Around" は、いとうせいこう/ヤン富田の "MESS/AGE" で聞き覚えのあるヤツだった。

カリプソのスタイルがよりダンサブルな傾向を増してきたのは、マイティ・スパロウの登場が大きく寄与している。しかし一方で、第二次世界大戦で大量に放置されたドラム缶を用いたスティールパンが登場し、より大規模なスティール・バンドが活躍しはじめたのも時期を同じくしている。

そんなこんなで、マイティ・スパロウ良すぎて、アレックス・ロスの「これを聴け」第二章「チャッコーナ、ラメント、ウォーキング・ブルース」からちょっと脱線している。

短パンの季節がやってきた、ヤア、ヤア、ヤア

左足底の内出血はあっという間に治って、今週末も走った。気温が20℃を越えると短パンで全然大丈夫。いよいよハンドボトルを持って走るようになった。

午後になるとたいてい風が吹く。裏山、里山だけど風速が5m以上になると木々が暴れて山が鳴る。一人ぼっちだとちょっと怖さを感じる。

これまでは下る方が好きだったけど、だんだん上ることが好き、とまでは言わないまでも嫌いではなくなった。プッシュする感じが生きている実感に繋がっている。全然遅いけど。走れないけど。

春とは

春は旅立ちのときで、出会いもあるけど、別れもある。

新しい生活に旅立って行った彼と、ときを同じくしてどこかに行ってしまったお気に入りのウインドブレーカー。

サッカーはまだ見ていない

水曜日、ナイター 甲府 vs 岐阜 ホーム 2-0 大木サン率いる岐阜をぶっ飛ばして、中三日で日曜日、甲府 vs 町田 アウェイ 1-1 ドロー。

訳あってまだゲームを見ていない。

またまた先制されたゲームを、ジリジリと追い込んで、ドローに。町田とは、湘南、松本山雅と同じような因縁を感じている。来週はホームで水戸戦。甲府と水戸だけがJ2でここまで無敗。対決。

神戸をやっつけた山雅への感情は、「すぐにぶっ飛ばしに行くからそこで待っとけ」です。

今週末の良かったこと

写真の桜は彼岸桜。彼岸桜は満開。ソメイヨシノは三分咲き。来週末までは持たないかな。

左足裏、内出血と引き換えの勝点1

甲府 vs 岡山 アウェイ 1-1 ドロー
先週に引き続き、ロスタイムギリギリの PK 獲得からドロー。
先週に引き続き、またしても佐藤洸一。あの場面でパネンカ。

普通、PKは他のシュートと同じようにしっかり足をボールに当て、キーパーにセーブされないようゴールの隅を狙って蹴る。パネンカではキーパーを欺くためにゴールの中心に向かってチップキックと同じ要領で柔らかく蹴る。UEFA欧州選手権1976決勝で、チェコスロバキア代表のアントニーン・パネンカがドイツ代表のキーパーゼップ・マイヤーにチップキックでPKを決めチェコスロバキア代表を優勝に導いた。このことからチップキックによるPKのことを「パネンカ」と呼び表すようになった。なおイタリア語圏ではパネンカのことをIl cucchiaio (イル・クッキアイオ, スプーンの意)と呼んでいる

で、結局、翌日走った。

i've got you under my skin

アレックス・ロス「これを聴け」第二章「チャッコーナ、ラメント、ウォーキング・ブルース」、1月からずっと聴いてきて2月はまるまる全部「ジェルジ・リゲティ」だった。3月、次はブルース。"St. Louis Blues"。

この先はデルタ・ブルース、ガーシュイン、フランク・シナトラ、ボブ・ディラン、ザ・ビートルズ、イーグルス、レッド・ツェッペリンへと繋がっている。

デタミネーションズの "Under My Skin" 大好きで、フランク・シナトラが歌っていたとは知らなかった。
"i've got you under my skin" 邦題だと「心の中に」とか「あなたはしっかり私のもの」とかちょっと微妙な感じで、どうしてこんな邦題なのかというと、

under my skin という言葉は、「本心・内心、秘かに」といったニュアンスで和訳されることが多く、この楽曲の、I've got you under my skin, I've got you deep in the heart of me という歌詞は、「君の虜になっている、君は僕の心の底にいる」という意味である

under the skin とか、under one's skin というのは英語の表現のなかでは、比較的に新しくて、19 世紀からのようです。日本人の場合には、「顔つきは変わっていても、気持ち的には兄弟みたいなもの」というのを、英語では、We are brothers under the skin (われらは、肌の色は違っても心のレベルでは兄弟だよ)と言います。He laughed under the skin は、「彼は心の底では笑っていた」という意味になります。He got under my skin は、直訳では、「彼は私の心に入ってきた」になりますが、意味は、「彼はうざったい奴だ」です。ところが、I've got her under my skin は、直訳としては「私は彼女を私の心に持っている」ですが、意味としては、「俺は彼女にメロメロ」になってしまうようです。こういう言葉は本当に難しいですね。

といことらしい。で、第二章まだ終わらない。

今週末の良かったこと


ロスタイム残りあと1分

甲府 vs 金沢 ホーム 聖地、小瀬 1-1 ドロー。

1点ビハインドのままロスタイムは残り1分。交代枠を全部使い切って、FWを最前線に5枚、最終ラインもギリギリまで高くして最後の猛攻。小柳が躊躇なく打ったミドルレンジのシュートはゴールキーパーがブロック。弾かれて転がったところにいち早く反応したのは佐藤洸一。ブロックしようとしたキーパーの上をかすめてゴールネットを揺らす。起死回生の同点弾。そしてゲームセット。

5戦負け無し。昨シーズンとは全然違う流れになっている。その理由としていろいろ後付け出来るだろうけど、結局のところ運かな、と思う。

かりんとう饅頭

そんなわけでまた30年落ちの青色のオンボロ・ママチャリでスタジアムに向かった。

30年落ちのママチャリは前後のタイヤ、空気抜け気味で毎回毎回空気を入れてから乗っていた。帰り、自転車置き場でスタンドを外してタイヤが地面に落ちるとブルンといやな感触があった。しょうがないので押して帰る。道すがら和菓子屋によって、かりんとう饅頭を山のように買って帰る。

帰り道、地元じゃちょっと知られている和菓子屋をみつけて、そこに寄って名物のかりんとう饅頭を買い占めた。

昨シーズンも買っていた。そのきっかけは全然違う理由だったけど。

イチロー引退

イチローが引退した。その場所はマリナーズの聖地、セーフコ・フィールドではなくて日本の東京ドームだった。

8回裏のマリナーズの守り。ベンチに戻ったイチローは帽子をかぶってグラブを手にすると、淡々とライトのポジションへと走った。ただ、イチロー以外のプレーヤーがなかなか守備位置につこうとしない中で、スコット・サービス監督がベンチを出てアンパイアに交代を告げた。クルッとライトスタンドに向かって両手を掲げ、そして今度はグラブを持った左手を振って別れを告げる。そうして球場全体のスタンディングオベーションに包まれながら、たった1人のグラウンドをベンチに“凱旋”した。

公式戦でこんな粋な計らいをするとは。ちょっとグっとくるものがあった。

野球には打つ、投げる、走る、の3つの動作がある。イチローはその3つの最高到達点が一つの身体に存在するという史上最高の野球選手だった。リアルタイムでそのプレーが見られたというのは大きな幸福だったのだろう。全然実感がない。

リッキー・ヘンダーソン、ランバード

他の追随をまったく寄せ付けない盗塁数、先頭打者としての出塁率の高さなどは評価が高く、しばしば「メジャーリーグ史上最高のリードオフマン」「盗塁男(Man of Steal)」と呼ばれる。

via 最多盗塁 (MLB) - Wikipedia

かつて、ただひたすら走ることだけが売りの自分にとって、リッキー・ヘンダーソンはアイドルだった。まだメジャーリーグの試合がテレビで見られたわけでもなく、知っていることは、ただひたすら速くて凄くて格好良かったらしい、という話だけだった。映像も見たことがなくて写真だけ。そのリッキー・ヘンダーソンが履いていたスパイクがランバードだった。

via https://baseballking.jp/ns/65797

今でも、ランニングシューズにランバードを選んでいる理由の一つはそういう話だったりする。

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