copy and destroy

catch and eat

今週末の良かったこと

お盆休みだった。一週間分飛ばしてしまった。特に予定もなく、読書するか、走るか、寝るか、食べるか、みたいな感じだった。


"Think Fast" の話。

「ランナーのメンタルタフネス」というちょっと古い本を買った。邦題は全然イケてないが原題は "Think Fast" でちょっとそそる。原書が1991年、翻訳が1994年ということでちょっとオールドスクール。

まず最初の章で「ランナー」という人について定義する。ここで「ランナー」とは健康のためではなくてコンペティションのために走っている人を指す。

次の章では「勝つこと」が意味することを定義する。「ランニング革命」という言葉を使っていて、それはレースで1番になった人だけではなくて、全ての人が勝者となりうる、というパラダイムシフトがあったことを指している。

その次の章では「友をつくる」といって、他者との関係について述べている。ここでの他者とは仲間であったりコーチであったり同じレースの競争相手だったりする。"Competition" という語はラテン語に起源があって "com-" 共に、 "petere" 求める、追い求める、という意味。


TJAR ( trans japan alps race )の話。

日本海から太平洋まで日本アルプスを縦走するレースがあった。なんとはなしに GPS トラッキングをリロード、リロードして眺めていた。

二年に一度、厳しい選考をくぐり抜けた30名が、400km以上の距離を、8日間という制限内で走破するというレースにおいて "Competition" というのはどういう意味があるのだろう、と思って眺めていた。

Facebook に公式にアップされる切れぎれの写真と、 twitter を流れるノイズだらけのハッシュタグと、GPS トラッキングで地図の上を移動し続ける点々を、交互に眺めていただけなんだけど、8/19深夜の制限時間にはアクセスが溢れて GPS トラッキングはエラーを吐いて止まった。自分も含めて、人というのはたったこれだけの断片的な情報であっても、強く心が揺さぶられるんだなあ、と思った。


"Finding Flow" の話。

チクセントミハイの「フロー体験入門」読了した。

フローは「チャレンジ」と「スキル」のバランスの中で発現する。人は他者との交流でもフローを体験するそうだ。それはどこかのだれかと他愛もない挨拶や天気の話をする際にも、「チャレンジ」と「スキル」を必要とするから。

そうであるなら、 "Competition" にて他者との間で体験するフローは途方も無いものになるのかもしれない。ましてやそれが日本海から太平洋まで向かうというわけのわからないレースであるならば。

そして TJAR というわけのわからないレースを思うとき、RAC (reblog advent calend*e*r) というわけのわからないアドベントカレンダーのことを思っていた。


サッカーの話。

アウェイ金沢戦で希望をつなげる勝ちを拾い、ホーム愛媛戦で手痛い敗戦を喫した。ホーム小瀬には走っていくのが定番になっている。それは願掛けのつもりで。だんだん速く、楽に到着するようになってきたけども、手痛い敗戦のあと暗い路地を走る気分は、どう表現していいいかわからない。

だがしかし、この程度の敗戦で絶望するほどヤワではないので。

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