copy and destroy

catch and eat

だから想像するのだ。誰かの日記帳を。そこにいるすべての人の、書いたり書かなかったりする今日の日記を。

nhkbook-hiraku.com

実家の台所の食器棚は、ガラスの扉の下にいくつかの引き出しがあった。そこには、料理好きの母がストックしているローリエの葉やシナモンスティック、詰め替え用の黒コショウなどが詰まっていて、私はその少し重い引き出しを開けた時のにおいと、時折街中ですれ違うことがあった。引き出しの中で、素材の木とスパイスや乾物が入り交じり、ウッディでエキゾチックな甘い香りに調合されていたのだろう。あの食器棚の引き出しみたいな香水を好んで身に着ける人とは、永遠に相容れない気がした。

調理師免許と栄養士の資格を持つ、当時専業主婦だった母。その娘である私には、料理をする必要も出番もなかった。父親や兄に倣って、食器棚を開けて皿を並べることも、洗った皿を拭いて仕舞うこともない。おやつにアイスを食べる時だって、母親が食器棚からスプーンを取って、添えてくれたほどだ。カトラリーはいちばん取り出しやすい、左端の引き出しで、私に小遣いを渡すときは、そのひとつ右隣の引き出しから封筒を取り出していた。父から預かったお金と、通帳や印鑑や家計簿が、そこにまとめて入っていたのである。

母親の不在時に、そこからお金をくすねていたことを、どうしてそれほどまでにというくらい、すっかり忘れていたが、引き出しの香りを知っていたのは、そうして何度も緊張しながら開けていたからだ。記憶は芋づる式に思い出される。特定の香りに加え、ある本の内容がフックになって、そのさらに下に埋まる干からびた「芋」の存在を知らせたのだ。

私は昔、母がA4ノートにつけていた日記を見た。これが芋づるのいちばん奥深くに埋まっていた芋だった。その日も引き出しから、お金を盗もうとしたのだと思う。その日記は私のそれとは反対に、強い憎しみや不安、怒りが綴られていた。普段明るく振る舞う彼女からは想像もできないような内容だった。詳細は忘れてしまったが、それを日記に書いたという事実への衝撃を覚えていた。書いてある内容ではなく、それを母が日記に書くという行動によって、ああこの人も生きている他人なんだ、と初めてわかったのである。

powered by hatena blog.
the nikki system for lifelogging junkies.

all posts © their original owners.
writing is reusable solely under the by creative commons license.