これは2025年9月の日記の本番です。
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インターネットで見かけるたびに、ストリートスナップや、無印良品スタッフスナップや、世界陸上やメジャーリーグのアスリートたちの足元を Google で画像検索している。なんのシューズを履いているのか調べるのは、いまやライフワークだ。
ちょっとした臨時収入的な何かがあって、それがいわゆる「宵越しの金はナントカ」的なものだったので、「カワイイが過ぎて買えなかったシューズ」は結局のところ、購入した。
ついこの前まで「走る用のシューズしか買いたくない」とか言っていたのに、である。ムーンスターの 810s というラインナップが気に入っていて、いまは大げさなベルクロテープのついたワークシューズ的なスニーカーが気になっている。
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当初、「カワイイが過ぎるシューズ」を断念して買ったのは、岩波書店のカント全集10『たんなる理性の限界内の宗教』(『宗教論』)だった。ロールズ『道徳哲学史講義』、「カント講義」(後半)のキーワードの一つが「自由」で、『宗教論』第1編がそれに関係する。
「自由は行為の偶然性(行為が根拠によってまったく決定されていないこと)に、すなわち非決定論にあるのではなく、絶対的自発性にこそある」 ロールズ『道徳哲学史講義』カント Ⅷ 「自由の法則としての道徳法則」(宗教論 6:49)
https://x.com/taizooo/status/1963410349518156139
もう一つの重要なキーワードが「信仰」で、カントはこの語を用いずに「要請」を使っているんだけど、3つあって、「神」「不死」「自由」への「要請」。なぜカントが「宗教」「信仰」について考える必要があったのかというと2つの見方があって、一つは「最高善」、もう一つが「諸目的の国」。ロールズはどちらも重要な概念だとしているけれど、現代の視点から破綻しない方に軸を置こうとしていて(つまりそっちの方がロールズの『正義論』に近づくんだと思うんだけど)それが「諸目的の国」。
「諸目的の国」、僕らが元来もっている理性に基づいて道徳的に生きることができるとすれば、自ずから理想的な完全なる世界に達する、みたいな意味だと思うんだけど。ロールズはこれらの考え方が『道徳形而上学の基礎づけ』と、カントが批判期以降に書いた「政治的論考」群の中にある、と言っている。
そういうわけで、「宵越しの金はナントカ」的なちょっとした臨時収入で、カント全集14『歴史哲学論集』も購入した。これには『普遍史の理念』『理論と実践」『永遠平和のために』が載っている。
ここに書くにはちょっと理解が不十分なのでまた改めて書きたい(予定は未定です)。
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で、今後の積読山脈について。
『道徳哲学史講義』まだ終わっていないし、終わっていないどころか最後にデカい「ヘーゲル講義」が残っているので、あまりにも気が早すぎて鬼が笑うんだけど。
この積読山脈は、そもそもはロールズの『正義論』を読もうと思ったことが始まりで(本当はさらにその前の始まりがあるんだけど、それは置いておく)、地ならしのつもりで読み始めたのがきっかけだった。
(もう忘れていたけど、きっかけは「カントの構成主義」についてだった)
『道徳哲学史講義』、そのほとんどがカントについてで、まったくカントを知らないところから始めたこと、それから、へこたれずにやっと手にしたこの視点はあくまでもロールズの肩ごしに見たカントであること、というわけで、もう少しちゃんとカントを読んでみたい、という気持ちがまず一つ。
ロールズの講義集、じつはもう一つあって、それは『政治哲学史講義』と呼ばれていて、こちらでは「功利主義」とか「社会契約論」が扱われている。こちらはダイレクトに『正義論』につながっているので、さっさとこっちに進んで早いところ元いた場所、『正義論』に戻りたい、という気持ちがもう一つ。
と、揺れ動いている。いっぺんに両方とも、が無理なのは明白。で、迷っている。
すべて持つことはできない。 禁じられている。 選ぶことを学べ。
https://taizooo.tumblr.com/post/170040413
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数学はダラダラと細く長く続いていて、二つ取り組んでいた片方、中学数学の練習問題を解きまくる方は止まってしまった。もう片方の、小島寛之『数学入門』は、まだ微分も終わっていない。あんなに意気込んでいたのに。いま、導関数の代数法則あたりにいる。和の微分法則、積の微分法則、合成の微分法則。
全然進んでいないのに、「宵越しの金はナントカ」的なちょっとした臨時収入の残りすべては、微分積分の本と線型代数の本になった。ただひたすら積読山脈が積み上がっている。
あれ?なんのために数学なんて始めたんだっけ、とか思ったけどきっかけは、タネンバウム『コンピュータネットワーク』だった。目的はとうの昔に忘れ去られている。
『コンピュータの構成と設計』( COD )は、こちらも細々と続いている。 C 言語のコードでソートのアルゴリズムが出てきて、一瞬、そっちに心を持っていかれそうになったけれど、すんでのところで踏みとどまった。無事に MIPS プロセッサの心にたどり着けたら、そのあと、クヌースの "The Art of Computer Programming" ( TAOCP )に行ってみたい。行けるのか?
https://www.codereading.com/algo_and_ds/algo/insertion_sort.html
gyazo.com
MIPS プロセッサの心にたどり着くこと、これってよく考えると AI が目指していることの反対向きの矢印だな。
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いまこの「日記の本番」を書いているのは、すでに10月もだいぶ通り過ぎていて、今年も残すところ3ヶ月を切ったし、なんなら 2025AC2025 まで2ヶ月を切っている。えーーー、って感じである。
サッカーは残り試合が片手に余るくらい、ホームにいたっては残り2試合になってしまった。自他ともになにも手にすることができていない。えーーー、って感じである。
なにかを手に入れることができるのか、実はすでに手に入れているのか、まったくわからない。気持ちばかりが先走る感じ。だがしかし、毎日を進めていくしかない。