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京極夏彦『鉄鼠の檻』

日記の練習です。

この前、見るともなしに NHK を観ていて、スマートフォンのスクリーンタイムの話で、自分のを見てみるとだいたい 5 ~ 6 時間くらいあった。

そこで思ったのは、生活の可処分時間のうちの半日をスマートフォンに使ってるってことは、じつは読もうと思えば結構読めるんじゃん? ってことだった。

でも、積読山脈のヤツは、写経みたいに読むヤツとか、マスターと参照を行ったり来たり読むヤツで、ちょっと無理だなー、ということで、金曜日の夜、帰り道で本屋に寄ってきた。

スマートフォンの代替なら文庫本だなー、なんて考えながらウロウロしていたんだけど、レジに並んだ時に握っていたのは京極夏彦『鉄鼠の檻』だった。1359ページ。スマートフォンの代替どころのインパクトじゃなかった。存在感がデカすぎる*1

『文庫版 鉄鼠の檻』(京極 夏彦)|講談社
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『鉄鼠の檻』、太平記の一節でページが始まる。戦後ちょっとした頃の話らしくて言葉遣いが古い。漢和辞典が無いと読めない。「乍」(ながら)「慥」(たしか)「齎」(もたらす)「所為」(しわざ)「仮令」(たとえ)「凡そ」(およそ)。

そして驚くべきことに『鉄鼠の檻』、漢和辞典より厚い。これは『鉄鼠の檻』の分量が特異なのか、漢和辞典の密度が異常なのか。

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スマートフォンを撫でる代わりに、『鉄鼠の檻』を開いたり閉じたりすることを想定しているんだけど、はてさて、

つづく(予定は未定です)。

*1:どこへ片付ければいいのかというと、これには良い答えが見つかっていない。ズボンのポケットに入れるには最近の携帯はもはや存在感が大きすぎる。 https://youkoseki.substack.com/p/c6c

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