『鉄鼠の檻』
ということで、京極夏彦『鉄鼠の檻』を読んでいる*1。寄った本屋では京極夏彦のシリーズがズラーっと並んでいたんだけどその中から、なぜ『鉄鼠の檻』を選んだのか、というと、いつかだれかがどこかで、禅なら『鉄鼠の檻』を読め、って言っていたから(記憶が曖昧)。あとは、いま掘っている積読山脈から、一番遠いところが良さそうだ、という直感から。
いまも昔も積読山脈には小説がない。まったくない(記憶にあるかぎりだと、ブルース・チャトウィン『黒ヶ丘の上で』か*2 )。小説も意外と読める、という発見があった。
スマートフォンを撫でるように、本を開いたり閉じたりする
『鉄鼠の檻』は、スマートフォンを撫でる時間があったら、本を開いたり閉じたりする、という作戦の一環なので、どこに行くときにも持っていく習慣を身につけないとならない*3。
文庫本とはいえ、やっぱりカバーは邪魔だった。
スマートフォン、意味なく電源ボタンを押したり、意味なく画面をスワイプしたりする物体でもあるので、おなじように、本を、意味なく開いたり、意味なくめくったり、意味なく閉じたりする物体として扱おうという作戦でもある。スマートフォンの場合、意味なくロックを外した結果、あとから目的が発生する感じがあるから、本でも、同じことが起きるはず、みたいな。
積読山脈の進め方
『道徳哲学史講義』は最後の「ヘーゲル講義」に入った。入る間際までは、『道徳哲学史講義』が終わったら1年くらいかけてカント読んでもいいかな、とか思っていたけれど*4、「ヘーゲル講義」をサラっと眺めると、ロールズはこの最後の「ヘーゲル講義」で道徳哲学と政治哲学を架橋しようとしているみたいだった*5。とするならば、ここでカントの引力に引き込まれている暇はなくて、続けて『政治哲学史講義』に進むか*6、とか考え始めている(予定は未定です)。
カントだったら、積読山脈から一番遠くて、一番分厚い『純粋理性批判』あたりを、スマートフォンを撫でるように、開いたり閉じたり、
みたいなことをちょっと思ったりしている(予定は未定です)。
それから、
サッカーはあった。長崎は強かった。関口はスターティングメンバーを勝ち取って J1 で活躍してほしい。
*1:京極夏彦『鉄鼠の檻』 - copy and destroy https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/10/18/085435
*2:ブルース・チャトウィン「黒ヶ丘の上で」 https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2021/11/09/105931#%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E9%BB%92%E3%83%B6%E4%B8%98%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%A7
*3:スマートフォンの代わりに開いたり閉じたりするには、どこに行くときにも、持って出かけないといけないわけですが、 コーヒーショップには持って行ったけど、夕飯に出かけるときは忘れてしまいました https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/10/18/212410
*4:その後、さらに1年くらい遠回りして、カントを読んでもいいかな、なんて思い始めている https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/10/16/000457
*5:どうもロールズはこのほとんどカントについての『道徳哲学史講義』の最後に、カントの哲学へのカウンターというかポスト・モダンというかオルタナティブとしてヘーゲルの哲学を挙げているらしくて、それは「道徳哲学」から「政治哲学」への橋渡し的な意味合いがあるっぽいのです https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/10/17/091639
*6:ロールズ『道徳哲学史講義』の最後は「ヘーゲル講義」で、これが政治哲学への橋渡しになっているらしくて、そしてロールズのもう一つの講義集、『政治哲学史講義』の一番最後は、なんと「マルクス講義」だったりするのだ https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/10/17/095136