書き殴っては捨て放り出してはまた書いて、千切っては投げ千切っては投げ、その何回目かでこの文章を書いている。もしこの文章が日の目を見ることがあったとしたならば、つまりこの文章は生き残ったということだ。ハレルヤ。
「なにを書けばいいかわからないのよ」
「なんでもいいから、とにかく書けばいい」
( サラ・ベイクウェル『実存主義者のカフェにて』 )
アルベルト・ジャコメッティなんてどこにもいないし、ましてやシモーヌ・ド・ボーヴォワールだってどこにもいない。
「解く」「なにをか —— 禁忌を」
「なんの禁忌か」「自分のことを書くという禁忌を」
自分のこと、というのは、これを書いている自分のことでもあり、『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるこれ自体のことでもある。
「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるこれ」「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるそれ」「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるあれ」、まるで「名前を言ってはいけないあの人」のようである。名前を言ってはいけないアレ。
「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるこれ」は、それ自体を指すなら2015年から始まっているし、その兆しを指すならば遥か彼方の、結局は僕にとってのインターネットの始まりにまでなってしまうだろう。なんて言うといつもみたいに脱線しすぎてしまうのでもうちょっと手加減するならば、その萌芽は2010年の(インターネットの)アドベントカレンダーの始まりにまで遡ることができる。
そしてこの「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるこれ」について言うならば、絵に描いたようなお約束の通り、すでに10回目だったなんてことはすっかり忘れていて、気がついたら今年の年末を迎えていた。いつだってなにかに間に合わない。祝11回目。
過去は積み重ならない。ただ縦に並んでいる。
トラのバターで焼いたホットケーキについて - no reblog, no like.
2015年は先見日記ディギン、2016年はポップとはなにか、2017年は tombloo への惜別(つまりそれは Reblog への惜別でもある)、2018年は鎮魂の形(絵日記のアサガオ)、2019年はインターネット創世記(続 Tumblr 創世記)、2020年は COVID-19 との戦い(変わっていく世界の話)、2021年は預言の書(100年前と現在を鏡写しにする話)、2022年は始まりは炎や棒きれではなかった話(ロードノイズとオーケストラをミックスする話)、2023年は丸く切り取られた空と Enlightenment の話(明治エッセルスーパーカップの話)、2024年は唸りを上げる積読山脈について(絵巻は轟き三味線は泣き大夫は叫ぶ)。
ときとしてこの「『ベスト・オブ・ザ・イヤー』と呼ばれるこれ」を、気の迷いか気紛れか、間違って読んでしまったりするんだけど、その度に過去の自分にぶっ飛ばされるのだ。
過去の自分はもう他人だ。
あらん限りを尽くして書く、根こそぎ書く。そして僕は「墓掘り」だ。あらん限りを尽くして潜る。深く、深く。ときには1989年の光ケーブルがアメリカに接続した瞬間へ、またときには2007年の AutoPagerize が次のページを繋いだ瞬間へ、またときには100年前に寺田寅彦がルクレティウスを本屋で見つけた瞬間へ、またときには人類が初めて音楽を奏でた瞬間へ、時間を巻き戻す。何回も、何回も。そりゃもう空っぽです。辺り一面、焼け野原。なんにもありません。スッカラカンの伽藍堂。
潜るべき過去は存在しない。存在しない?だがしかし、辿るべき過去なんて無限にある、ということを知ったのもこの一連のそれのだったりする。うーん、というか飽きた。飽きた?いや、どうだろう。
飽きてきてからが本番だ
2025年の僕は未だに、2024年のベスト・オブ・ザ・イヤーで畳み掛けるように書かれた積読山脈の山津波の真っ只中にいる。
『アリストテレス 生物学の創造』から始まったこの流れは、帰納と演繹、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』、論理学と真理と真偽、イアン・ハッキング『言語はなぜ哲学の問題になるのか』、観念論と光学と "Enlightenment" 、サラ・ベイクウェル『実存主義者のカフェにて』、朱喜哲『〈公正〉を乗りこなす』、自由と善と正義、ジョン・ロールズ『正義論』、社会契約論と功利主義、そしてミシェル・フーコーとイマニュエル・カントへと、猛烈な濁流となりました。
https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2024/12/01/000000#11
「ご愁傷さまです。チーン」。
山津波の真っ只中にいて、そのことについては書くことがない。書くことがない?うーん、書きたくない?たぶんそうなのだ。書きたくない。そうは云ってもだ、未来の自分のために、万難を排してパン屑を千切っておく。いま何処にいるのか。
ジョン・ロールズ『道徳哲学史講義』をやっている。読んでいるのではない。「やっている」。これはかつてロールズが受け持っていた授業、『道徳哲学史』の講義録だ。いまは亡きロールズ、つまり死者の講義を受けている。まるで口寄せだ。死者と対話する、本にはそういう力がある。この講義録は、ヒューム、ライプニッツ、そしてカントと、それに対する批評としてのヘーゲルについて書かれている。それぞれの著述家の主著をロールズの目を通して読む、ロールズの肩に乗っかって世界を理解するというものだ。ロールズはカントに肩入れしている。ほとんどがカントについて、ヒュームもライプニッツもそしてヘーゲルも、カントを通して語られる。なんのためにこんなことを始めたのかなんてとうの昔に忘れてしまった。
ロールズが見たカント、ロールズの考える道徳哲学を理解する、っていう枠組みの中で読んでいるので、大海を泳ぐというよりは、会ったこともないロールズの奥底へただひたすら潜り続けているみたいな。いまだにカントについてもロールズについても、解ったような気が全くしないのだ。読んでいるけれど読んでいない。解ったけれど解らない。まるで『読んでいない本について堂々と語る方法』のモンテーニュのよう。
そして、自分のものと他人のものとを区別することもできなくなって、ついには書物と出会うたびに自分自身の狂気と対面する羽目になるのである
『読んでいない本について堂々と語る方法』読解 - taizooo
これを読んでいると云うのだろうか?否、云わない。たぶん云わないだろう。『鉄鼠の檻』を発見したのはちょうどそんな頃だった。
「書いてあるものを読むだけなら、字を知っていれば誰にでもできます。」
(『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 p.767 )*1
1
ある日の夜、本屋に寄った。
積読山脈(山津波)に身の危険が差し迫っているにも関わらず、である。
スマートフォンを撫でてる暇があったら本を開いたり閉じたりしよう、よし、それなら手軽に文庫だなー、なんて急に思い立って。でも、レジに並んだ時に握りしめていたのはこれだった。
京極夏彦『鉄鼠の檻』、1341ページ、全12章。
検索しない。一字一句読む。先読みしない。というルールを課した。全然漢字が読めなかった。そのためだけに国語辞典と漢和辞典を買った。
『鉄鼠の檻』
「彼の者はそう、牛だ」
「牛?牛でございますかな」
「左様。そして彼の者が牛なら —— 」
「牛なら?」
「 —— 拙僧は鼠だ」
鼠 —— 声はそう云った。
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第1章 pp.14-15 )
2
「自然の切り取り方には多くの方法がある。そして切り取られたものはそれぞれが異なった相を見せている」
( https://x.com/taizooo/status/1736214765415137684 )
どこに切れ目を入れるだろう?『鉄鼠の檻』の場合、それは牛と鼠になるかもしれない。
牛について。
十牛圖
「あれか?『十牛圖』だよ」
「あれはね、禅門で云う『禪宗四部録』のひとつだ」「『信心銘』『證道歌』『坐禪儀』と、そして『十牛圖』で四部だ」「これは十枚組の漫画のようなもんだ」
「一枚目でこの男はいきなり牛を失っていることに気づく訳だ。この世界ではそこから始まる。その前はない。この男は牛を失っていることに気づいて探しに行こうとする。これが『尋牛』だ」
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 pp.711-712 )
尋牛
「尋」の字は“尋ねる"という動詞であり、まず「尋ねる」と動詞を先に言っておいて、「何をか —— 牛をだ」というふうに名詞を後で補足するのが、中国語の語法である。 「牛を尋ねる」 というのが第一の段階である。
( 秋月竜珉『十牛図・坐禅儀 : 禅宗四部録』禅宗古典選 - 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13317329/1/24 )
3
「尋ねる」「何をか —— 牛をだ」
第一『尋牛』
「一枚目。この男は牛を失っていることに気づいて探しに行こうとする。これが『尋牛』だ」
第二『見跡』
「次。二枚目。男は物的証拠を発見する。牛の足跡だ。これは貴重な手がかりだね。『見跡』」
第三『見牛』
「三枚目。『見牛』。牛を見つけたところだ」
「あれは見つけたところですか。それで頭しか書かれていないんだ。変だと思ったですよ」
第四『得牛』
「そう。牛の部分を目撃しただけだ。全部を見ちゃいないし手にもしていない。そこで手綱をつけてとっ捕まえようとする訳だ。それが四枚目。『得牛』」
第五『牧牛』
「そして遂に牛を捕まえることに成功する。五枚目は牛を連れて行く。『牧牛』」
第六『騎牛帰家』
「次がこれだ。六枚目の『騎牛帰家』。牛をすっかり飼いならして、背中に乗っかって笛まで吹いている。家に帰るんだ」
「さて君の部屋の牛(『牧牛』)は黒牛かい?白牛かい?」
「黒かったですが。黒牛」
「この男が載っている牛は —— 」
「ああ?白い!塗り忘れたんですか?」
「そんなことはない」
「なら別の牛 —— じゃないんですね?」
「牛は捕まえて飼いならした途端に黒から白になるのだ。ま、それは置いておくとして」
第七『忘牛存人』
「さてこの次の絵はどう云う絵だと思う?」
「さあ、まあ、逃げて捕まえて家に帰って禧(めでた)し禧しでしょうから —— 家で仲良く牛と暮らす絵でしょ」
それが違うんだよ —— と云った。
「普通はそう考えるね。しかし違うんだよ。家に帰って寛いでいるのは男ひとりだけだ。のみならず男は牛のことなんざすっかり忘れているんだ。七番目。『忘牛存人』だ」
「善くわかりませんなあ。苦労して捜して見つけて、やっと連れ帰ったものを忘れちゃうんですか?無意味だなあ。また逃げたのですかね」
「否、なくなったのだね。以降はもう牛は出て来ない」
第八『人牛倶忘』
「その次、絵には何も描かれていない筈だ。これが八番目に当たる『人牛倶忘』と云う」
「はあ?何も描いていないって白紙?手抜きですか」
そうじゃないよ、と笑った。
「これが四コマの漫画なら、それが三コマ目だね」
「起承転結の転と云うところですか?するとその後にオチが待っている訳で?」
「オチがあるとしても、肝心のそのオチの部分だけがここにはない訳だ」
第九『返本還源』、第十『入鄽垂手』
「その後は、水辺に花が咲いている『返本還源』が九番目で、布袋尊の如き姿に様子がすっかり変わってしまった男 —— あるいは別人 —— が袋を担いでただ立っている『入鄽垂手』が最後、十番目だね。これで終わりだ」
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 pp.711-715 )
4
悟りと牛
「ははあ。筋は解りましたが、意味は解りません。敦子さん解ります?」
「私は『十牛圖』と云うのは悟りに到るまでの経緯を描いたものだって聞いていましたから —— 」
「悟り?すると —— はあ、解りましたよ。この牛ってのが悟りなんでしょう。悟りを求めて悟りを見つけ、悟りを得ると云う —— 」
「一般的にはそう云われているね。そしてそれは正しいと云えば正しい。しかし悟りというのは得るものじゃない。だから悟りを捜しに行く絵と云うのはそもそも変だ。悟りは常にどんな状態でも自分の中に備わっている。逃げも隠れもしない」
「じゃあ違うの?」
「違わないよ。但し、悟りが逃げていったから追いかけよう、ああ悟りを見つけた、悟りを得た —— そう云う風に見てしまうと、大いなる勘違い、と云うことになる」
「それにもしこれがそう云う話だったとしたら、こんな描き方はしない。僕が漫画家だったら、最初のコマは男と暮らしている絵を描くだろうね。そして牛が逃げる絵も描く。それにこれが悟りを得るまでの話だったなら、六枚目の『騎牛帰家』がお仕舞いのコマになるだろう。後の四枚は要らない。」
「この絵の男は、何もないところから始まる。そして何もない状態で終わる」
「『十牛圖』の場合、悟りは矢張り牛に見立てられている。悟りと云うより本来の自己というか —— 取り敢えず悟りにしておこうか。悟りと云うのは外側にあるもんではない。その辺に落ちている訳じゃない。誰しも生まれながらにして持っている。いや持っていると云う云い方も適当ではないな —— 『存在していること』が即ち悟りなんだね。ありと汎百ものには仏性がある、と云うのが基本だ」
「だから牛=(イクォール)悟りだとすると、それを外部に尋ね歩くと云うのはおかしな話だ。だからこれはあくまで見立てだと捉えるしかない。見立てられないと勘違いをする」
(『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 pp.715-717 )
牛と男
「牛と云うのが本来の自己だとすると、牛と男は同一人物と云うことになってしまうだろ?男は本来自分が牛であることを知らず、牛 —— 本当の自分 —— がどこか他にいるものだと思って捜す。そして見つける。見ただけではどうにもならない。牛を自分のものにしようとして四苦八苦 —— 修行 —— する。そして飼い馴らす。本来の自分を手に入れる。そして元の場所に戻ってきた時には —— 牛はいなくなっていなければならない」
「あ、一人二役か」
「そう、牛と男は元元同一人物なんだ。二つに分かれて同時に存在していると云う形は本来あり得ないし、況や同一の場に両方が存在することは絶対にあり得ないのだ」
「それで牛はいなくなった?いなくなったと云うよりはいなかった?」
「そう。」
(『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 p.717 )
忘牛存人
牛に騎ってもう家に帰り着くことができた
牛の姿は見えず人もまた閑かだ
朝日が高く昇ってもまだ夢をみて眠りこけている
鞭も手綱も空しく藁屋に置きっ放しである
修行は終わった。
牛を牧い馴らすための鞭も手綱も藁屋に置きっ放しで、家に帰った人だけがのんびり朝日が高く昇っても眠りこけている。
もう何もしなくてもよいし、また何をしてもよい。
( 秋月竜珉『十牛図・坐禅儀 : 禅宗四部録』禅宗古典選 - 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13317329/1/57 )
5
無、空、円相
「こうして男はひとりになった。と、云うか最初からひとりなんだがね。しかし牛 —— 本来の自分がいなくなったと云うことは、自分自身がいなくなったと云うことにも等しい訳だよ。そこに到っては凡てがなくなる。『無』だ。それが八番目の『人牛倶忘』だね」
「それは —— 仏教で善く云う、凡ては無である —— と云うか何と云うか、その、所謂『絶対無』を意味しているの?」
「それはそうだ。勿論解釈は幾らでもできる。これは空を空ずる —— 絶対空の『円相』である。それはそうなのだ」
「解らんです」
「うん。じゃあ少し解り易く云おうか」
「病の者は健康を意識する。しかし本当に健康な者は健康を意識することはないだろ。健康と云う概念が失われている状態が真の健康なんだね」
「自己に対しても世界に対してもそれは同じで、自分とは何か世界とは何かと問うているうちは本当ではない。自分とか世界とか云うものがすっかりなくなって、初めて自分があり世界があると —— 」
「少し解った気がします」
「そんなところでいいんだよ」
(『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 p.718 )
人牛倶忘
鞭も手綱も人も牛もすべて空に帰した
碧空はほがらかに大きく音信も通じにくい
真っ赤な熔鉱炉の焰の中には雪の容れようはない
この境地に到ってはじめて祖師の宗旨に合う
( 秋月竜珉『十牛図・坐禅儀 : 禅宗四部録』禅宗古典選 - 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13317329/1/61 )
6
悟後の禅
本来ここで終わりでもいい。しかし『十牛圖』にはあと二枚続きがある」
「さっき云っていたオチの二枚ですな?」
「そう正にオチなんだ。この二枚が『十牛圖』の一番大事なところなんだな」
「禅門の古典には『十牛圖』に先行して善く似たテキストが存在する。その名も『牧牛圖』と云う。これは黒い牛を飼い馴らして段段に白くする、また白く飼い馴らした牛を黒くすると云う内容の、八枚から十二枚続きのものだと云われる。そして『牧牛圖』はこの円相、つまり空で終わっているんだね」
「ははあ、この急に牛の色が変わるのはそれを手本にしたからですな?しかし何で牛が白くなったり黒くなったりするんです?」
「勿論それも見立てだよ。説明するには多くの仏典禅籍を引かなきゃいけないから止そう」
「この『十牛圖』の作者は、その『牧牛圖』を踏まえて、それを圧縮し、二枚つけ加えて全く新しいものを作っちまった。そこが凄い」
「どう凄いんで」
「だからさ。悟ることが最終目的ではないと云う主張だよ。悟りとか最終解脱とか云うものは目的 —— つまり修行の終着点ではあり得ないのだ」
「悟りは常にここにあり、悟りと修行は不可分で、つまり生涯悟り続け、修行し続けることこそが本来の姿であると云う —— それが禅の真髄だ」
「悟るために修行する訳ではないんですか?」
「生きることが即ち修行であり、生きていることが悟りなんだよ。ただ足ることを知る、それだけでいいんだ」
「つまり、禅の修行者と云うのは、至上の目的があって、それを目指して日日精進努力を重ね、大悟に向けて邁進している —— 訳ではないのね?」
「その通りだね。悟ることは必要だ。己に本来仏性が備わっていることを知らずに生きるのでは、仏性を持っていないのと変わらない。だから仏性に目を向ける、仏性を己のものにする —— つまり『十牛圖』の前半部分は矢張り大事なんだ」
「だが結果大悟しても、決してそれで終わりではない。それは本来の姿に立ち戻っただけであり、その後も生き続ける —— 修行し続けなければ嘘だ、間違いだ、と『十牛圖』は教えている」
「悟後の修行が大事なんだよ」
偏屈な古書肆(古本屋)は老禅師と同じような台詞で結んだ。
(『鉄鼠の檻』文庫版 第6章 pp.719-721 )
7
切り取られたもう一つの相、鼠について。
鉄鼠
「賴豪のことかい?」
しかし古書肆はあっさり答えた。
「なんだ?鼠の坊さんまでいるのか!」
「君は本当に日本人なのか?鼠の妖術といえば坊主。坊主の妖術といえば鼠。平安の昔っからそう決まっていようが」
彼はそう云ってから大儀そうに立ち上がり窓辺に置いてあった彼の鞄から何か取り出して元の席に戻ってきた。どうやら和綴の本であるらしい。古書特有の香りがすうと漂う。
『百鬼夜行』だった。
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第2章 pp.227-228 )
( 鳥山石燕『図録百鬼夜行』/ 百鬼夜行 3巻拾遺3巻 [1] - 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2553975/1/23/ )
鉄鼠
賴豪の霊
厳と化と
世にしる所也
( 百鬼夜行 3巻拾遺3巻 - 次世代デジタルライブラリー https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2553975?page=23 )
8
阿闍梨 賴豪
「それが鼠妖術の総本家たる天台宗園城寺派の高僧 實相房阿闍梨賴豪だ」
「これは人なのか?鼠なのか?その賴豪と云うのはどう云う坊さんなんだ?」
賴豪は平安の末の人で藤原宇合の末裔長門守藤原有家の子だ。幼くして出家し、長等山園城寺の権僧正真譽の弟子となった。顕密共に善く学び、碩学と謳われた得の高い僧で、おまけに霊験あらたかな法力を持っていたと云われる」
天台宗 園城寺
「随分と偉いお坊さんじゃないか。園城寺と云えば何だ、慥か凄い寺だろう」
「天台宗寺門派の総本山だね。俗に云う三井寺だ」
「ああフェノロサの墓のあるお寺か」
「君はどうしてそんな知らなくてもいいようなことを知っているんだろうな。寺は観光地じゃないんだから、もう少し他の覚え方をしろよ」
「そんな云い方をするなよ。まだ他にも知っているぞ。慥か近江八景のひとつだ。『三井の晩鐘』とか云う鐘があるだろう」
「そうやって日本文化を博物学的に捉えるような真似は止せよ。外人でもあるまいし」
「せめて比叡山と対立した寺だね、くらいのことが云えないのか?」
「比叡山って、その園城寺も天台宗なんだろ?比叡山と云えば延暦寺、延暦寺も同じ宗派の天台宗 —— おい、天台宗なら叡山の方が本山じゃないのか?最澄が開いたんだからそっちが大元だろうに」
山門、寺門
「本当にものを知らないな。三井寺は元元天武の頃に建立された古い寺で、大伴氏の氏寺だったんだが、大伴氏の衰退と共に荒廃し、二百年近く経ってから天台の学匠智証大師圓珍が延暦寺の別院として復興したのだ。以来天台根本道場であり、また三井修験道の発祥寺としても知られる」
「しかしこの圓珍の弟子と比叡山圓仁の門下は、まあ君が解るように云えば、仲が悪かった」
「叡山方を山門、三井寺方を寺門と呼び、五百年近く抗争は続いた」
「同じ宗派でか?それは経典の解釈を巡っての異端審問のような —— 」
文字通りの抗争だよと彼は云った。
「だから抗争さ。焼き打ちを掛けたりする」
「それじゃやくざじゃないか。坊さんだろう?しかも同門じゃないか」
「同じ宗派だからこそ争いが起きる場合だってあるんだ。一枚岩の宗派と云うのは少ない」
「兎に角、山門派と寺門派は相争っていた。そして賴豪は寺門派の高僧だったのだ」
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第2章 pp.230-232 )
9
『延慶本平󠄁家物語』第三の十二
「君は『平󠄁家物語』は読んだかね?
「読んだような。読まないような 」
「情けないなあ。平󠄁家物語の異本の一つ『延慶本平󠄁家物語』第三の十二に賴豪に就いての記述がある。『白河院三井寺賴豪に皇子を被祈事』という段だが —— 梗概を云うとこうだ」
「中宮賢子に皇子が生まれるよう白河院が賴豪に祈禱を依頼した。恩賞は思いのままにと云うのが条件だ。賴豪は先にも云った通り呪術もお得意の坊主だから、祈禱一発、効果覿面で敦文親王が誕生した。約束だからね、さて何でも望みを申すが良いと云われて、賴豪は何と云ったかと云うと、三摩耶戒壇建立の勅許を願い出た」
「ははあ、政府公認の宗教になりたかったのだな」
「何だその表現は?平安の話だぞ。ともあれ戒壇の建立と云うのは山門寺門抗争の中心的な問題だったのだからね山門側は大いに色めき立った。白河院はこの場合どちらにも肩入れをしたくなかった訳だ。金や地位や名誉ならやるが、それだけは駄目だと云ったのだね。比叡山に遠慮したんだ。この嘘吐きめ —— と賴豪は怒り心頭に発し、魔道に堕ちると宣言して食を断ち憤死してしまう。生まれた親王も四歳で急死。賴豪が祈り出した皇子だからあの世へ連れ戻したのだと云われた」
「おい、鼠はどうした?」
「この話には後がある。餓死した賴豪は鼠の群れとなって転生し、比叡山の經堂に湧いて経典を喰い荒らした、と云うのだ。『本朝語園』に拠れば、その数八万四千匹 —— これはその絵だな」
「ひもじさのあまり経典を齧ったのか?餓鬼道にまで堕ちたのか」
「そうだ。浅ましき思いが凝り固まったのだ。そこで比叡の法師は一計を案じ、鼠の秀倉、つまり社を祀ってその怒りを鎮めたと云う」
「初めて聞いたぞ。その話は有名なのか」
「有名だと思うがなあ」
古書肆は首を捻った。
同じ話は『愚管抄』巻の四にもあるし、勿論『源平盛衰記』にだって載っている。『太平記』巻の十五『園城寺戒壇事』にも出てくる。
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第2章 pp.232-234 )
『太平記』巻第十五
「百十五 園城寺戒壇事」
(前略)
角て遥に程経て、白河院の御宇に、江帥匡房の兄に、三井寺の頼豪僧都とて、貴き人有けるを被召、皇子御誕生の御祈をぞ被仰付ける。頼豪勅を奉て肝胆を砕て祈請しけるに、陰徳忽に顕れて承保元年十二月十六日に皇子御誕生有てけり。帝叡感の余に、「御祷の観賞宜依請。」と被宣下。頼豪年来の所望也ければ、他の官禄一向是を閣て、園城寺の三摩耶戒壇造立の勅許をぞ申賜ける。山門又是を聴て款状を捧て禁庭に訴へ、先例を引て停廃せられんと奏しけれども、「綸言再び不複」とて勅許無りしかば、三塔嗷儀を以て谷々の講演を打止め、社々の門戸を閉て御願を止ける間、朝儀難黙止して無力三摩耶戒壇造立の勅裁をぞ被召返ける。
頼豪是を忿て、百日の間髪をも不剃爪をも不切、炉壇の烟にふすぼり、嗔恚の炎に骨を焦て、我願は即身に大魔縁と成て、玉体を悩し奉り、山門の仏法を滅ぼさんと云ふ悪念を発して、遂に三七日が中に壇上にして死にけり。其怨霊果して邪毒を成ければ、頼豪が祈出し奉りし皇子、未母后の御膝の上を離させ給はで、忽に御隠有けり。
叡襟是に依て不堪、山門の嗷訴、園城の効験、得失甚き事隠無りければ、且は山門の恥を洗ぎ、又は継体の儲を全せん為に、延暦寺座主良信大僧正を申請て、皇子御誕生の御祈をぞ被致ける。先御修法の間種々の奇瑞有て、承暦三年七月九日皇子御誕生あり。山門の護持隙無りければ、頼豪が怨霊も近付奉らざりけるにや、此宮遂に玉体無恙して、天子の位を践せ給ふ。御在位の後院号有て、堀河院と申しは、則此第二の宮の御事也。
其後頼豪が亡霊忽に鉄の牙、石の身なる八万四千の鼠と成て、比叡山に登り、仏像・経巻を噛破ける間、是を防に無術して、頼豪を一社の神に崇めて其怨念を鎮む。鼠の禿倉是也。
懸し後は、三井寺も弥意趣深して、動ば戒壇の事を申達せんとし、山門も又以前の嗷儀を例として、理不尽に是を欲徹却と。去ば始天歴年中より、去文保元年に至迄、此戒壇故に園城寺の焼る事已に七箇度也。近年は是に依て、其企も無りつれば、中々寺門繁昌して三宝の住持も全かりつるに、今将軍妄に衆徒の心を取ん為に、山門の忿をも不顧、楚忽に被成御教書ければ、却て天魔の所行、法滅の因縁哉と、聞人毎に脣を翻しけり。
( 太平記/巻第十五 - Wikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E8%A8%98/%E5%B7%BB%E7%AC%AC%E5%8D%81%E4%BA%94 )
10
長い長い引用の果てに、『鉄鼠の檻』を切り分けた二つの相、牛と鼠がようやく姿を現しました。
牛
それは空。手段と目的は一体。相分かつことができない。なにかを達成しようとすることと、このありふれた毎日も相分かつことができない。このことは僕らの「知る」という振る舞いが、自己の認識や探求ではなく無数の GPU による膨大なベクトル演算に左右されるようになりつつあるいま、当にこの瞬間、特別な意味を持ちます。〈判ること〉と〈判らないこと〉は呼吸と同じく、一つの事象の表と裏にすぎません。
( 吸って吸って / 吐いて吐いて / 日は昇り降り / 折り返し地点 )
我々は電子回路でもなく、半導体素子でもなく、蒸気機関でもなく、需要と供給の交点でもなく、シナプスの発火でもなく、ミトコンドリアの化学反応でもなく、デオキシリボ核酸の方舟でもない。ただ一個の精神、かつ、ただ一個の身体である。修証一等。
「我なくして世界はあらず、同時に、我なくしても世界はあり」
¬(P∧¬P)
ある事物について同じ観点でかつ同時に、それを肯定し、かつ、それを否定することはできない
( 無矛盾律 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E7%9F%9B%E7%9B%BE%E5%BE%8B )
鼠
それは怪。〈判らないもの〉が世界には存在する。〈判るもの〉と〈判らないもの〉が〈判る〉ということ。これは科学においても哲学においても重要な意味を持ちます。〈判る〉ことを司るのが理性、知性、悟性であるならば、〈判らない〉ことを司るのが怪異、妖怪、怨霊。両者はお互いを補完する位置にある。死は現世〈判るもの〉と他界〈判らないもの〉を繋ぐ入口であり、怪異は他界が存在することを表象する。その根本は言葉であり言語。この世界は事実から成る。事実は分節化されていなければならない。
( キンセンカは、鮮やかなオレンジ色をしているのと同時に、2インチくらいの大きさで、11の花弁をもっている。キンセンカはそれらの全体を同時に持っている )
であるならば言語も分節化されていなければならない。
( 「あるキンセンカが存在し、オレンジ色であり、かつ、2インチくらいの大きさで、かつ、11の花弁をもつ」 )
言語だけが可能性を開くのだ。だがしかし世界や感情のほとんどは「フォヌカポウ」、「亜qw瀬drftgyふじこ」、言葉にならない。ならないのである。不立文字。
「境界ははっきりと引かれなければならない」
P∨¬P
任意の命題 P に対し「 P である、か、または、 P でない」という命題は常に成り立つ
( 排中律 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%92%E4%B8%AD%E5%BE%8B )
漸くここまで辿り着きました。いよいよ核心へ迫っていきます。
おや残念、ちょうど時間となりました。
「解ろうとしてもいかん。もう解っている。言葉にしようとすると、逃げていきますぞ」
( 『鉄鼠の檻』文庫版 第4章 p.518 )
書けば逃げる、足るを知る、丁度ここらがイイ加減。
「続きはまたの機会に。本日はこれにて」
この post は 2025 Advent Calendar 2025 第1日目の記事として書かれました。
明日の第2日目は Yosuke Hayashi サンです。 お楽しみに。



