copy and destroy

catch and eat

linklog 2025-12-12

( rururu.app *1 の pawprints からの転記)*2
ひと月も貯めると、ちょっと多すぎ。文字数でいうと9千文字( URL の文字列含む) 。時系列は上から下の順に並んでいます。

https://pitchfork.com/reviews/albums/oneohtrix-point-never-tranquilizer/

今回は、2020年代初頭にロパティンがインターネット・アーカイブで見つけた商用サンプルCD一式に端を発している。将来のプロジェクトで使おうと漠然とした意図でページをブックマークしたが、DMCA削除通知の犠牲になったとみられるCDは消え、彼は次のステップへと進んだ。ファイルが予期せず再び現れたことで、アーカイブの無常性そのものが新たな魅力となった。「消えては再び現れることさえも、捉えたいと思ったんです」と彼は語る。「あらゆるものがアーカイブされながらも、絶えず失われていく時代の感情の響きを捉えたかったんです」

https://uphillathlete.com/skiing/why-skiing-builds-better-mountain-athletes/

新しいアスリートとトレーニングを始めるとき、私はまず週の走行距離やFTPについて尋ねるのではなく、動きについて尋ねます。片足でバランスを取れますか?空間内で自分の体がどのように動くかを理解していますか?負荷がかかった状態で、腰と足首の位置をどれだけうまくコントロールできますか?

https://www.ele-king.net/news/012025/

なんにしても、ジョージ・クリントン的にいえば、いま地球はファンクが欠乏しすぎている。さあ、はやくファンクを取り戻さなければ!

https://yuta25.on.bolg.in/p/2ZVZusnqee6SMCOVjRtHuH

服屋とか古着屋とか特有のお香の匂い

https://scrapbox.io/taizooo/2025%2F12

gyazo.com

そして今回、ドロップされたニュー・シットです。古着。エディバウアー。ウインドブレーカー。黄色。3千円。

https://worksight.substack.com/p/172

アーカイブの構築には常に権力が介在する。「誰が」「何を」残すのかという選別のプロセスで、「公式の記録」と「忘れられる記録」が生まれる。保存された記録へのアクセス権が誰に開かれているのか、公開と非公開の線引きは常に争点となる。さらに、政治的な意図による検閲や改ざんのリスクも存在する。

すべてを保存することが善とも限らない。「忘れられる権利」やプライバシーとのバランスも考慮されねばならず、人間の「記憶」と、常に編集的で不完全な「アーカイブ」(外部記録)は本質的に異なる。保存された資料の意味も、後世の文脈で読み直されることで変容していく。

https://www.irunfar.com/training-is-a-hopeful-act

アリストテレスは、「人は建物を建てることで建築家となり、竪琴を弾くことで竪琴奏者となる。同様に、私たちは正しい行いをすることで正義の人となり、節制をすることで節制の人となり、勇敢な行いをすることで勇敢な人となる(7)」と記している。私たちは、ある意味では、それを実践することによって美徳を育むことができる。ありがたいことに、ランニングは私たちの希望を実践する絶好の機会を与えてくれる。トレーニングは希望に満ちた行為なのだ。

https://econ101.jp/noah-smith_will-this-be-the-chinese-century/

中国がありとあらゆるものを自国のためにつくる一方で外国の製造業を必要としていない世界は,他の途上国が成長する機会の減った世界だ.中国が地域紛争を許容して自国とその裏庭にだけ平和を維持する世界は,いまより危険で暴力的な世界だ.そして,この世界の中心となる国が自国文化を外から隠す世界は,いまより味気なく,創造性に欠けた世界だ.

https://amass.jp/186351/

でもボン・ジョヴィは成功しなかっただろう。(商業的にブレイクする3作目)『Slippery When Wet』にたどり着くまでに時間がかかりすぎた。今じゃ、アルバム3枚の契約なんてない。シングル1曲の契約だ。Spotifyには毎日187, 000曲が登録されている。狂ってる! しかも来年か再来年には1日30万曲を超えるだろうって言われてるんだ。

https://www.irunfar.com/sounding-off

私はなんと日本を旅していました。滞在中、私はあちこちの音に気を配るようにしていました。音は至る所にありました。街中の電子音、トンネルを走る電車の音、人の声、足音、タイヤの音、麺をすする音、水が流れる音。挙げればきりがありません。

ランニングに出かけ、音楽を聴きました。街、森、早朝、夕方。それぞれの場所、それぞれの時間に、それぞれの曲がありました。プレイリストなんて必要ありませんでした。日本には、日本独自の音楽があったのです。

gyazo.com

ザック・ミラー、来日の記録。

https://blog.jxck.io/entries/2025-11-19/web.html

見落とされがちだが、「Web とは何か」という仕様はない。 Web を定義した W3C のドキュメントもなければ、IETF の RFC もない。 Web は仕様ではないのだ。 これだけしっかりと標準化された技術の粋を集めた総体が、なぜそんなにもフワっとしているのだろうか? 我々は、何を "Web" と呼んでいるのだろうか?

https://uphillathlete.com/voiceofthemountains/the-geography-of-risk-essay/

彼は1986年のK2へのアメリカ人遠征隊に参加した。そのシーズンは登山史上最も死者の多いシーズンの一つとなった。カイルはその場にいた。チーム全員が生きて帰還するまでの議論と決定を最前列で見ていたのだ。そして、それは彼の人生のあらゆる場面でリスクに対するアプローチを変えた。彼は結果を目的地と考えるのをやめ、全員を家に帰すことを考えるようになった。帰還の旅は結果、彼らが定義する成功の地点を通過する。

https://ekrits.jp/2025/12/8789/

その都市はかつてドイツを覆っていた深い森から切り離されたところに成立している。森と泉こそドイツの中世の象徴であったが、それはもはや都市には見られない。そのような嘆きが音楽にも哲学にも反映しているのである。いわば呪術的なものを多く抱え込んだ国が近代化に直面し、特異な能力を発揮して近代化路線でも勝利を収めたかに見えたが、かえってその生活を支えた呪術的なものに対する憧憬は抑え難く、あらゆる機会にあらゆるところで吹き出してくるとでもいえようか。私はナチスの動向にもそのようなものが否定できないようにも思うのである。

https://ekrits.jp/2024/05/8206/

ポール・ショーとピーター・ベインによる「ブラックレターとローマン体:イデオロギーの代用としての活字」という論稿では、この2つを明解な言葉で対照的に述べている。それによればブラックレターは、「中世的、新教主義(プロテスタンティズム)、ロマン主義、神秘主義、国家権威的」であり、「暗く、窮屈、尖っている、凝っている」という負の印象を与えている。それに対してローマン体は、「近代主義、旧教主義(カトリシズム)、啓蒙主義、合理主義、民衆主権」につながり、「単純、合理、良好なバランス、優美」という好印象を得ているという。それは同時に「ドイツ対イタリア」「ドイツ対フランス」という対応関係にも通じる。

https://hysysk.blogspot.com/2025/12/2025.html

近代科学社のナチュラルコンピューティング・シリーズの第0巻『自然計算へのいざない』を読んだりしていたのだが、

まさに今の自分の興味のど真ん中で、おもしれー!と感極まって教科書を閉じる(閉じるなよ)という状態。読んでいて分かったこととしては、ナチュラルコンピューティング・シリーズでまず読むべきは第7巻の『自然計算の基礎』だということ。これも面白すぎてすぐに閉じてしまう。

https://ekrits.jp/2024/06/8229/

可逆計算(Reversible Computation)とは、過去に遡ることができる計算のことである。

https://worksight.substack.com/p/174

あるいは昔の人にはこうして送られて去るものの姿が、ありありと目に見えたのかも知れぬ。それにしたところで仏道の新しい教えがほんとうの魂祭(たままつり)の解説を一変してしまった後まで、新野のように古くからの方式を保存していた例も珍しい。(柳田国男「新野の盆踊り」)

https://wellwellwell.hatenablog.com/entry/2025/12/02/140816

ここで「コロナ禍」について語られていることが既に遠い昔のことのように感じる。その一方で、二十年以上も前のことがつい昨日のことのように感じられる。時間感覚というのは面白いものだ。

ベルグソンによれば(たぶん嘘)過去の想起の強度は時間的間隔よりも心理的間隔によって決まるようだが、人生を振り返るとき、ここ十年くらいの出来事はいわば淡い水彩画のように感じられ、過去に遡るにしたがって色彩が濃くなっていき、油彩画のようなリアリティをもって感じられるようになり、さらに遡ると鮮明な映像として、時には明確な体感と共に浮かび上がる場面もある。

https://www.irunfar.com/the-swerve

「オリンピックチャンピオンの記録は、数時間、数秒、そして何分の一秒単位で進歩してきた」「しかし、シフトが進むにつれて、スピード狂は限界に近づいていきます」「パフォーマンスが良くなればなるほど(スピードが増すほど)、得られる進歩は悲惨なものになり、ついには電子的にしか気づかれなくなりました。」

https://note.com/happano/n/n4a9d3c198b6c

しかし実際には、雑誌やSNSその他のメディアで、自社の新刊の書影がいっさい使われないことになるとどうなのか。そのような考え(心配)もあるのでは。表紙ビジュアルが自社サイト、販売サイト、広告以外まったく世に出ていかない、知らされない、拡散されない状況。それが本当にいいことなのか、望むことなのか。多くの出版社はそこをあいまいにしたままにしていると思います。

https://worksight.substack.com/p/171

文化はグレーな領域があるからこそ発展してきたという歴史を忘れてはいけません。著作権法もまた保護と利用のバランスをとりながら運用されてきました。

だからこそ、社会全体が「寛容さをもつ知性」を育てていくことが重要です。すぐに白黒をつけようとするのではなく、「どこまでが許され、どこからが侵害か」を考え続ける態度そのものが、文化の成熟を支えます。フェアユースの精神とは、創作が息づくための空気のようなもの。作品は作者のものであると同時に、いずれはみんなのものにもなっていく。そのあいだに広がる余白を恐れず、そこに創造と対話の可能性を見いだしていくことが、これからの文化を支える基盤になるはずです。

https://mactkg.hateblo.jp/entry/2025/12/03/183207

そういや、そもそもブログ書いてみたのは、遅くに風呂に入ったらシャワーのお湯がぬるくて、多分娘が温度のボタンを勝手に押したからなんだけれど、家族全員がすやすや寝ている深夜に時空を超えてイタズラされるのが面白いなと思ったのだった。(娘は風呂に入るとよく給湯器のボタンを押す。)で、なぜ遅くに帰ってきたかというと、会社の一階でスキーヤーの上映会があったからなんですね。

https://wellwellwell.hatenablog.com/entry/2025/12/03/141055

「運転手さん。すまんけどラジオとめてえな、わし以外のしゃべくりは面白うない。現在わしが一番面白いのや、そやろキクさん! こんなシンキくさいもん聞いとれるか!それにやな、運転手さん?何で客が乗ったのにポリュームいっぱいでラジオつけとるのや、ラジオ聞きたいのはおのれやろ!そのおのれの趣味何で客におしつけるのや。客が乗ったとたんにラジオけさんかい、金とんなら気い違うもんや」

https://scrapbox.io/yuta25/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%92%E3%81%A7%E3%80%81%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E5%A4%8F%E3%82%92%E8%AB%A6%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F

プログラミングによるランダムっていうのは、いいんだよなー、平等だから。平等だと感じられる。自分の選択から、権威みたいなものの影響をかなり薄めることができる気がする。それに、自分なら一生選ばない(選べない)ようなものを、ランダムは選んでくれる。俺は平等になりたい。

"endless summer" の話

https://allreviews.jp/review/7585/

「ひとつの村と もうひとつの遠くの村とが/ぱったり出会う/その意味も知らずに/その深さをも知らずに/満足な会話すら交せずに/もどかしさをただ酸漿(ほおずき)のように鳴らして/一ツの村の魂と もう一ツの村の魂とが/ぱったり出会う/名もない川べりで」

https://satotarokarinona.blog.fc2.com/blog-entry-1694.html

かといってディレッタントなどではなく、ただ知識を集積するのみではなくそれを怜悧に用いる。膨大な先行研究を渉猟するが、権威に追従するのではない。護教論的であったり保守的である神学者、聖書学者などは当然強く批判するが、その中で見るべきものがあればそれはきちんと拾い上げる。また田川と政治的には近い立場であろうと、願望をイエスに投影するような見方、例えばイエスを階級闘争の闘士に仕立てるような手法も批判する。

https://satotarokarinona.blog.fc2.com/blog-entry-1695.html

田川はそのようなイエスの「声」を再現しようとしている。
「もしも「神の国にはいる」なんぞと言えるとしたら、俺たち貧しさをかかえてすったもんだやっている者達をおいて、どうして言えるのか。いや、「神の国にはいる」なんぞとは言うまい。神の国は貧乏人のものなのだ。きっとそうしてやる」。

https://allreviews.jp/review/7594/

ぼくがグッときたのは、父の両親が父の誕生日に贈った本について。見返しに「オウリへ。母さんと父さんより」と日付とともに書かれた十数冊の本は、どれも新刊ではなかったという。ふさわしい本を探して古書にたどり着いたのだろう。

https://criticalcycling.com/2025/12/exterioriser/

ルロワ=グーランは、人類の技術を「外化(Extériorisation)」の歴史として捉えた。人間は歴史の過程で、身体の機能を次々と身体の外側へと放出して道具化してきた。「打撃する」という拳の機能は「ハンマー」へと外化される、といった具合である。そして「記憶する」という機能が外化すると、それは「言葉」や「文字」へとつながっていく。

https://realsound.jp/movie/2025/12/post-2242638.html

「幽霊に神に魂、目には見えないものの時代はもう終わりだけんね」

https://wirelesswire.jp/2025/12/92024/

少々古いが、福澤諭吉による科学書の日本語訳『訓蒙窮理図解』(1866)から例を紹介しよう。

起点テキスト(英語):Heat being applied beneath, the lower particles become expanded and rarefied. They therefore ascend, carrying up their heat, while cooler and heavier particles from above take their place … The process of convection is exhibited when water is set over a fire to boil. The particles soon begin to move, as may be shown by throwing in some powdered amber, which is seen to rise and descend…(Quackenbos 1866, 202-203 no.501)

目標テキスト(訳文):さて,熱に由りて容(かさ)を増ませば,軽(かろ)くなるべきの理りなり.故に風ふ呂を沸わかすとき,下より火を焚きて,湯は上の方より先に暖まる理合も,これにて合点すべし.風呂の底にて熱を受くれば,其の水脹れて軽くなるゆへ上に浮かび,上より冷たき水の交代して,始終上下に入り替るなり硝子(びいどろ)の急須にて湯を沸かせば,其の昇降(のぼりくだり) の様子を明かに見るべし.(福澤 1868, 第一巻 第一章「温気の事」12)

https://criticalcycling.com/2025/12/hometown/

小学生の頃は家の前の県道を真っ直ぐ進めばどこへ辿り着くのか想像するだけでとにかくワクワクした。未知の道の先に未知の世界があると信じていた。

ある日、自転車に乗って真っ直ぐ真っ直ぐペダルを漕ぎ続けたことを覚えている。小学校を越えて、学区の境界にあった同級生の家の前を通り過ぎ、知らない街へ踏み入れる。家に帰ることができるのだろうかという不安を感じながらも前へ前へ進む。17時の鐘が鳴り、暗くなった辺りに覚えてべそをかきながら来た道を引き返す。

https://wirelesswire.jp/2025/12/92078/

「書籍は長い『ゼルダの伝説』のゲームのセーブポイントのようなものだ。記事は個々のクエストに相当するが、書籍こそがそのポイントまでのすべてを結晶化する場なんだ」

https://yamdas.hatenablog.com/entry/20251212/resonantcomputing

クリストファー・アレグザンダーと「無名の質」を引き合いに出しているところにおっとなるが、この文章の著者たちはこの質を「共鳴(resonance)」と呼んでいる。テクノロジーは人間の最良の部分を引き出すべきものという信念のもと、もっと個人やコミュニティの特性を生かしたテクノロジーのあり方、つまりは共鳴的な環境を構築できるはずだと訴えている。

https://allreviews.jp/review/7604/

ギリガンによれば「ケアの倫理」は、理論とエビデンスで正当化された「正義の倫理」とは異質だ。自立した人間が「正しさ」を追求する後者に対して、前者は人と人とが互いに依存し合うことを評価する。著者はバージニア・ウルフに依拠しつつ、ケアの実践において「多孔的自己」や「両性具有性」を重視する。流動的で他者に開かれた存在であること。こうした価値観を支えるのは文学的な想像力だ。本書では至るところでボルヘスからハン・ガンに至る多彩な文学作品が引用されるが、いずれもケアのための想像力を大いに補強してくれる。

*1:Enjoy feeds! - rururu https://rururu.app/

*2:rururu.app の pawprint から linklog を思い出す - copy and destroy https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/03/25/174818

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