9連休
12/25に 2025AC2025 が終わって、12/26に仕事納めて、12/27から長い長い正月休みに突入して、12/29に窓拭きして、12/30に正月飾りして、12/31に近所の奥藤で年越しそば、1/1が町内の互礼会と親族の新年会、1/2が初詣と恒例の「おせちもイイけどケンタもね」、1/3に初コーヒーして、1/4に走り初めした。
この年末年始が一行で表現されました。ここで特筆すべき事柄は、
- 1) 積読山脈、解体へのチャレンジ
- 2) おかざき真里『阿・吽』を読み始めた
- 3) Strava を使ってみた
山脈の解体
積読山脈の解体は、物理的に実体のある積読山脈の話で、こっちは、うずたかく積まれた積読山脈をバラして、「これは今後読むことがないだろう、」いう本を紐で括った。本を捨てること、以前は禁忌だとおもってたんだけど、いまや、すこぶる潔く、バッサバッサと "要る" or "要らない" と切り捨てている。これは「今週末のプレイリスト」で毎週選曲するようになって、自分自身が一番変わったところかもしれない。これが良いことなのか悪いことなのか、それはいつかきっと明らかになることでしょう。
『阿・吽』
おかざき真里『阿・吽』は最澄と空海、天台宗と真言宗の話。どうやってここにたどり着いたのか、その説明は延々と長くなるので端折るけど、その発端は『鉄鼠の檻』で、これは 2025AC2025 の中にも垣間見えるものでした。一言でいうと「自分自身のルーツっていったいなに?」っていう。そして五来重と上山春平と『阿・吽』にたどり着いたのでした。このことについてなにか書いておきたい気もするけれど、うーん、どうしよう。
とはいうものの、11月から完全に止まってしまった「マスト」である『道徳哲学史講義』、『コンピュータの構成と設計』、それと『数学入門』をこのまま捨て置くつもりはなくて、
いうなれば「自分探し」みたいなこっちの方を保留にする感じかなー、と思う。「自分探し」はほどほどにしないと。危ないから。
Strava とグローバルヒートマップ
試しに走った記録でも残してみるか、という気紛れで Strava を起動した。アクティビティ・トラッカーは持っていないのでスマートフォンのアプリから直接記録している(バッテリーの消費を心配したけれど2時間くらいならまったく問題なかった)。これは正直、続くかどうかわからない。あんまり厳密にログを残すことの良し悪しについて考えがある、というのが一つ。もう一つは Instagram を眺めたときに感じる「うわぁー、キツイ」という雰囲気と同じものを、 Strava の想像のタイムラインに予感しているので。ただ GPS の軌跡を眺めるのは楽しい。
グローバルヒートマップというのがあって、たくさんの人達が頻繁に通るルートは濃い青色で表示されるんだけど、これはなかなか興味深い。
僕の裏山は秩父山系の南の端にあって、相川扇状地(その突端に要害山とか武田神社とかがある)を挟んだ東側の尾根筋で、その反対側(西側)の尾根筋が湯村山。そちらの方が裏山より断然ヒートマップが濃い(湯村山はその麓に市営運動公園があって、駐車場、コンビニなどが揃っているからか?)。
トレイルを走る人とかほとんど会ったことがないので幻想かと思っていたけど、どうも反対の尾根筋でそれは起こっているらしい。
相川扇状地
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裏山サイド(愛宕山、大笠山)
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湯村山サイド
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ロガーの血、 GPS でアヒルの絵を描く
GPS の軌跡を眺めていると ku サンのこれを思い出す。
世の中には、勝手にロガーと呼んでいる、とにかくなんでもかんでもログを残しておきたいひとがいます。ブログ(そもそも名前からして web-log です)や、30分おきに写真を撮って残すライフスライス、GPSでアヒルの絵を描くひとや、再生した曲をログに残す音ログ、起動したアプリケーションのログをとるWakoopaなんかはロガーのツボです。後で見返したりはしないけれど、記録が残っていれば後で見返すことができる、という安心感、"すべて"が記録されている、という満足感があります。
https://ku0522a.tumblr.com/post/90354379014/10-years-old-internet-users
そしてロガーはインテリでフェティッシュなひとたちよりかは数が多そうです。
https://ku0522a.tumblr.com/post/90354379014/10-years-old-internet-users
ロガーの血
https://ku0522a.tumblr.com/post/90354147279/my-google-history-snapshot