企業が人文知に求めることのひとつ目は「発見装置」としての役割です。これは、顧客の潜在ニーズや現場のインサイトを探るために人文学を援用するという回路で、エスノグラフィや心理学がここでは主に援用されます。
ふたつ目は「統治装置」としての役割です。これは、組織の文化をつくる、動機づけをする、あるいは社員やユーザーの行動をある方向に誘導するために人文知を用いる回路です。ここでは組織文化論や「ナッジ」「UX」といった行動経済学などと関わるような分野が企業で援用されます。
3つ目は「正当化装置」としての役割です。企業の社会的責任や倫理的正しさを担保し、社会の許可証(legitimacy)を得るために人文知を用いる回路で、ここでは倫理学や哲学が、「ESG」「CSR」「パーパス」といった領域に紐づくかたちで採用されます。
そして最後の4つ目が「現在地を測定するための装置」としての人文知です。これは企業として自分たちを歴史のなかにどう位置づけるのか、あるいは「自分たちは何者なのか」を把握するために人文知を用いる回路で、歴史学、アーカイブ、生活史のような取り組みがここに入るのではないかと思います。
これはデジタルテクノロジーが浸透したことで激しく進んだ傾向です。「発見」(顧客理解)がそのまま開発に直結し、開発をアジャイルで回すほどに「組織の統治」が問われるようになり、統治が問題になれば、それに合わせて「正当化」「倫理」「ミッション」が求められる。そして、それらがうまくつながらず、会社の全体像があやふやになっていくと、改めて「現在地の測定」の必要が出てくるといったように、すべてが連動してしまいます。
そうとも言えますが、そうとばかり言えないところもあります。これは、ヨコク研究所から2025年に発行した「クリエイティブシフト:未来の仕事とクリエイティビティ」という冊子でも指摘したことですが、それまでのやり方が行き詰まった結果、ワーカーの「クリエイティビティ」を積極的に開発しなければならないといったことがアメリカで言われ始めるようになったのは、1950年代のことでした。ここで参照すべきは、サミュエル・フランクリンが『クリエイティブという神話:私たちはなぜそれを崇拝するのか』のなかで指摘した歴史的背景です。
スプートニク・ショックに動揺した当時のアメリカは、ソ連の画一的な全体主義に打ち勝つために、民主主義的な「個人の自由な発想」を国家戦略として掲げました。その要請に応えるかたちで、心理学者たちが「創造性」を、それまでの「一部の天才による神秘的な才能」から、訓練によって誰もが発揮できる「測定可能なスキル」へと再定義(発明)したのが「クリエイティビティ」という概念の現代的な用法の始まりだとされています。
『クリエイティブという神話:私たちはなぜそれを崇拝するのか』
サミュエル・W・フランクリン・著/加藤洋子・訳(河出書房新社、2024 年)
「クリエイティビティ」とは冷戦下のアメリカで意図的につくられ、制度化された人工的な概念であった─。オランダの文化史家である著者が、クリエイティビティの概念の誕生と変遷の歴史を記述。人工的な概念ゆえの「曖昧さ」がむしろ万能なことばとして機能し、特定の歴史的・政治的要請を制度化していくことになったことを明らかにする。自己責任や成果主義を促す装置としてのクリエイティビティを省みるための一冊。

