読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

copy and destroy

catch and eat

点検読書(斥候としての読書)

#randomreading

「本を読む本」、読書の方法が載っていて、その中に三段階あるレベルの中間として「点検読書」っていうのがあげられていて、それが何かって言うと、いわゆる斥候(せっこう)としての読書のこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%A5%E5%80%99

斥候(せっこう patrol)または戦闘斥候(せんとうせっこう combat patrol)は、本隊の移動に先駆けてその前衛に配置され、進行方面の状況を偵察しつつ敵を警戒する任務をいう。
基本的に偵察、攻撃、追跡の三つの意味がある。偵察は地形や敵などに関する情報の収集活動であり、攻撃は敵部隊を撃滅するための作戦行動であり、追跡は後退する敵部隊に向かって移動することである。

偵察、攻撃、追跡。

つまり、斥候によって止めを刺す、ということもあり得るわけだ。

彼らは一列縦隊で進んだ。先頭を行くのは、利口で、優雅で、落ち着いた斥候たち。二人ともライフルを持っている。そのうしろを行くのは、不器用で、鈍重な対戦車砲兵。ドイツ兵を寄せつけまいと、片手にはコルト四五オートマチックを、もう一方の手には塹壕ナイフをにぎっている。

しんがりを受けもつのは、ビリー・ピルグリム。武器もなく、心うつろに死を待ちうけている。

斥候のひとりが頭をたれ、唇から唾をおとした。もうひとりもそれにならった。二人は、唾が雪と歴史の上に及ぼすかすかな効果を観察した。彼らは、つつましい優雅な人種であった。ドイツ陣営の後方に何回もはいった経験があり──森の生き物のように、恐怖だけを信頼し、大脳ではなく脊髄で思考しながら一瞬一瞬を生きてきた人種であった。

ページをめくる先頭を行くのは、利口で、優雅で、落ち着いた斥候たち。森の生き物のように、恐怖だけを信頼し、大脳ではなく脊髄で思考しながら一瞬一瞬を生きる。ページを進む。

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

  • 作者: J・モーティマー・アドラー,V・チャールズ・ドーレン,外山滋比古,槇未知子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/10/09
  • メディア: 文庫
  • 購入: 66人 クリック: 447回
  • この商品を含むブログ (320件) を見る

ショーペンハウエルが「読書について」で、「最良なのは読まないことだ」(ちょっと違うかもしれない)、って言っていた。昨年、100冊にちょっと足りないくらいの量の本を開いていて(いつもと比べると自分としてはとんでもなく多い)、そのうちの半分くらいは奥付けまで到達した。無残、取り残された半分のうち、斥候としての読書で救うことが出来たものが何冊あっただろう。

そして命からがら奥付けまで到達した半分のうち、どれだけのものが、斥候たちに止めを刺されただろう。

powered by hatena blog.
the nikki system for lifelogging junkies.

all posts © their original owners.
writing is reusable solely under the by creative commons license.