散歩
日曜日、ちょっとした用事で外出。1時間くらい待ち時間があったので釜無川の西岸を散歩していた。旧町名で言うと八田の辺り。とても良いフラットなジープロード(グラベル)だった。
開国橋方面から引き返して信玄橋に向かって行くと、途中からアスファルトになった。
さらに上っていくとヴァンフォーレ甲府ユースの練習場の辺りにこんな看板があった。
南アルプス市, 山梨県 - Google マップ
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「前御勅使川合流点」。山梨県民なら耳にタコが出来るくらい話を聞かされている「信玄堤」の遺跡群だった。
前御勅使川、信玄堤
気になったので検索すると、面白い記事があった。御勅使川の治水、びっくりするくらい複雑なシステムだった。
https://www.mizu.gr.jp/images/main/kikanshi/no32/32_b_img07P.pdf
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御幸祭、「おみゆきさん」
そしてこの記事には「おみゆきさん」についても説明があった。
https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no32/02.html
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https://www.mizu.gr.jp/images/main/kikanshi/no32/32_b_img05P.pdf
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信玄堤の完成より700年前まで遡る平安時代、西暦825年(天長2)にスタートしています。甲斐国司である文屋秋津(ふんやのあきつ)という人が、釜無川の洪水の報告を朝廷にしたところ、朝廷から勅使が来た。そして甲府盆地の中にある一宮、二宮、三宮という3つの神社で共同して、信玄堤のある場所に神社をつくりなさい、毎年お祭りをしなさい、と指示しました。
この祭りの面白いのは、堤防付近の人ではなく、甲府盆地のいわば受益者がメンテナンスのために祭りを行なう、という点です。
江戸時代の宝暦年間(1700年代中期)の絵巻物(一宮浅間神社所蔵)を見ると300人ぐらいの人が描かれていて、ちょっとした大名行列ぐらいの人数です。当時は年2回、春と秋に行なわれていました。
三宮の玉諸(たまもろ)神社は由緒ある神社で、『古事記』に倭建命(やまとたけるのみこと)が甲府にやって来て、洪水を鎮めるために玉を埋めた、という伝説があります。
どういうルートを歩いたかという明治年間の記録が残っていて、プロットした地図があります。3つの行列が合流して、隊列を組んで信玄堤の三社神社に向かいます。ルートを見ますと、信玄堤だけではなく、いろいろな河川の要所要所を踏み固めながらやって来ることがわかります。
信玄はこの祭りを強く奨励しました。赤い着物を着て、化粧をし、女装した姿で神輿を担ぐという変わった祭りで、これは祀られているのが木花咲耶姫(このはなさくやひめ)という女性の神様で、男性の担ぎ手だと恥ずかしがるから、というのが通説です。いつからこうなったのかはわかりませんが、信玄の時代から女装するようになったのではないかと言われています。
木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)
全国にある浅間神社の1つ。甲斐国一宮であることから「一宮浅間神社」と通称され、「一宮さん」とも呼ばれている。
富士山の祭神は様々な形で神格化されているが、その一つである浅間大神(富士の権現)がコノハナノサクヤビメとして位置づけられている[6]。富士山を神体山とする富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)と、配下の日本国内約1300社の浅間神社に祀られている。
富士山は古くは「福慈神」[1]・「不尽神」[2] と記載されるような霊妙な神山・日本鎮護の神山であった[3]。しかし奈良時代末から火山活動が活発化し[4]、火山神(浅間神)としての信仰(浅間信仰)として全国に広がった[3]。「浅間(あさま)」の語源については諸説あるが、長野県の浅間山のように火山を意味するとされる[4]。訓読みの「あさま」は古称で、もう1つの称である音読みの「せんげん」は中世以降から用いられたとされる[5][6](「富士信仰#浅間の語源」も参照)。
浅間神と木花咲耶姫命が同一視されたのには木花之佐久夜毘売の出産が関係している。中には木花之佐久夜毘売命の父神・大山祇神や、姉神・磐長姫命を主祭神とするものもあり、それらを含めて全国に約1,300社の浅間信仰の神社がある。これらの神社は、富士山麓をはじめとしてその山容が眺められる地に多く所在する。その中でも特に、富士山南麓の静岡県富士宮市に鎮座する富士山本宮浅間大社が総本宮とされている。
おみゆきCHANNEL
翌年2010年3月、YOUNG-GとBIG BENは、Mary Joy Recordingsより「おみゆきCHANNEL」としてのフルアルバム「おみゆきさん」を発表。毛色の被らないバラエティ豊かなウワモノと、全編を通して通底する太いビートに、ラッパーとしてstillichimiyaの面々に加え、鎮座DOPENESS、SD JUNKSTAの面々、MONJUらが参加。stillichimiyaのビートメイカーチームの、この時点での集大成とも言える、非常にクオリティの高いものに仕上がっています。