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人類には400文字の文章を書くことさえ困難なわけなのだが、それは古来、日本の伝統芸能である夏休みの読書感想文からよく知られていることだった。

『今週末の良かったこと』に時間が掛かり過ぎて『適当に身体を動かす活動』の記録が書けなかった。 Strava に GPS のログはあるけれど記録は文字で残したい。GPS が残らない活動も存在するし、(Strava ではなにもしないことは記録が残らないけれど)なにもしないこと自体が大事な記録だったりすることもある。

「現代政治理論の方法に関する一考察」*1*2、この題名からなにかを読み取れるか、否、読み取れない。

なにかの専門分野の人たち、特に哲学の周辺の人たち、論考への題名のつけ方、メチャメチャ下手くそだと思う。

この論考、タイトルは平凡だけど内容は素晴らしい。知りたかったことが全部載っているといっても過言ではない。感動した。

*1:「そうして発見した論考に、知りたかった決定的な内容が書かれてた https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2026/01/10/091740

*2:現代政治理論の方法に関する一考察 https://www.jstage.jst.go.jp/article/nenpouseijigaku/61/1/61_1_149/_article/-char/ja/

『道徳哲学史講義』の「編者の緒言」にいままで見逃していたすごく大事な事柄が書かれていて

https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2026/01/07/115506

そうして発見した論考に、知りたかった決定的な内容が書かれてた。

現代政治理論の方法に関する一考察

gyazo.com

p.152

この点で示唆的なのは、分析哲学の主たる特徴は論証(argument)と正当化(justification)への関心であるとするフェレスダールの指摘である。「私には、論証と正当化の強調が、概念分析に対する関心よりもいっそう分析哲学に特徴的なことであるように思われる。概念分析は、分析哲学の一部を形成しているにすぎない」

論証と正当化とは、第一に、ひとつの哲学的な立場を提示し、第二に、この立場を認めたり、あるいは拒絶したりする理由を提示するという一連のプロセスである。

論証と正当化には、*立場を示し*、さらに*その理由を示す*ことによって、相手を理性的に説得するプロセスが含まれる。

(注: *foobar* は本文中の強調を示す)

重要なのは、では、ロールズの『正義論』はなにが異なるのか、という話。それはいまから読む。

2026年の最初の一週間が終わろうとしてるけど(一週間を「月曜日から始まって日曜日で終わる」と定義)、ほぼ昨年の11月はじめの定常状態に戻った。強いて言えば、なにもかも忘れてしまっているから、振り出しに戻っている。同じ人生を二度生きる。あと身体が慣れていないからあらゆるスピードが遅いのと、時間の使い方が下手。無尽蔵に食い潰そうとしている。

『鉄鼠の檻』を写経して気がついたんだけど、書き写すと理解できる。書くことと読むことは実は一体なんじゃないか、という仮説を立てている。書くことというか、具体的に言うと目で読んだ文章を自分の手でもってキーボードで入力するということ。もしかしたら人って、身体的、肉体的な活動、身体の中を*通す*ことによってしか「解る」ことってできないのかもしれない。

声にして読む、手で紙に書く、立ち上がって、歩く、走る、踊る。

コピー・アンド・ペーストも、リブログも、たぶんそれだった。

『道徳哲学史講義』の「編者の緒言」にいままで見逃していたすごく大事な事柄が書かれていて(pp.14-15, p.23 「道徳理論の独立性」 )*1

『正義論』第1章「公正としての正義」(なかでも特に、第9節「道徳理論に関するいくつかの所見」)を読むべきなのがわかった。


追記:

はてなブログの(というか元々は、はてなダイアリーのスタイルだけど)パーマリンクに日付が入っている形、ひと目で post の新しさ古さかわかって便利。

ジョン・ロールズ『道徳哲学史講義』、2025年1月からなので2年目になってしまった*1。11月に最終盤の「ヘーゲル講義」で止まってる*2

とんとご無沙汰なので、上巻の「編者緒言」*3*4と「序論 近代道徳哲学 —— 1600年から1800年まで」*5を読もうと思う。つまり、「振り出しに戻る」である。まさに新年って感じ

gyazo.com

*1:道徳哲学史講義の積読山脈(始まり) - copy and destroy https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/01/22/222515

*2:「ヘーゲル『法の哲学』、ロールズは『道徳哲学史講義』で、いきなり「緒言」の第5節から始めてしまう https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/11/05/094306

*3:編者のバーバラ・ハーマンによる講義内容の変遷と、ロールズのこの講義における見解、講義録で取り上げられる哲学者の意味づけ等、について書かれている

*4:道徳哲学史講義 「編者の緒言」 - taizooo https://scrapbox.io/taizooo/%E9%81%93%E5%BE%B3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E5%8F%B2%E8%AC%9B%E7%BE%A9_%E3%80%8C%E7%B7%A8%E8%80%85%E3%81%AE%E7%B7%92%E8%A8%80%E3%80%8D

*5:道徳哲学史講義 序論 「近代道徳哲学」 - taizooo https://scrapbox.io/taizooo/%E9%81%93%E5%BE%B3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E5%8F%B2%E8%AC%9B%E7%BE%A9_%E5%BA%8F%E8%AB%96_%E3%80%8C%E8%BF%91%E4%BB%A3%E9%81%93%E5%BE%B3%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%80%8D

なんとなく strava を眺めていて(時間泥棒なので注意が必要!)、

マップの「セグメント」ってヤツ、非同期にある区間(セクション、ルート)のスピードを競うヤツを見ていたんだけど、トレイルだとだいたいそういうセクションはヒルクライムな場所に設定されていて、誰もが、どれだけ速く坂道を駆け上れるのか、を競っているみたい。

坂道は下るために上るんだぜ。と思う。


僕のトレイルヘッドには上り口に二つ三つルートがあるんだけど、その中の階段を使うような一番つまらないルートがセグメントに設定されていた。

楽しさよりハードさとかスピード、なんだな。と思う。

あと、どう考えても一般人が通るところ(と言うか、生活道路と言うか、軒先、路地)がセクションに設定されていたりして、道徳上、倫理上、問題がありそう(もう少し上にある配水池横の展望台からスタートした方がスマート)。

所詮、数値で記録されることしか共有できない*1

gyazo.com

*1:というわけで Strava は GPS のログを残すため*だけ*に使おうと思った。予定は未定です

正月三が日が終わったのでいよいよ走った。川沿いフラットと裏山を繋いで。ひさしぶりすぎてペース配分わからなくて最後がグダグダだった。お約束な感じ。お約束な感じも含めて日常が帰って来た。現状の精一杯目一杯走ったので、それ以外はまったくなにも無し。それも含めて平常運転。

これを持ちまして2026年のイントロ、無事終了です。

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