copy and destroy

catch and eat

孤独な宇宙

book.asahi.com

好き嫌いの多い私と違い、夫は主菜も副菜のサラダもカットフルーツも添えられたクラッカーやチーズも次々と平らげてトレイを容器だけにしてしまった。きれいになくなったなあ、これで飛行機の積み荷も減るだろうと眺め、違うのではと思う。確かに積載物としての食糧は減った。しかし、食べ物はトレイから夫の胃へ移動しただけで、この飛行機全体の重量は変わらないのではないか。

考えている私に客室乗務員が食後のアイスクリームを手渡してくれる。軽食にお茶漬けや担々麺、お菓子のご用意もありますと微笑(ほほえ)まれる。フライトの間は飲み物も食べ物もどんどん与えられる。どんどん乗客である私たちの重量が増えていく。

いや、トイレに行くので排出もしている。となると、また飛行機の積載物が増える。しかし、全体の重量はやはり変わらないのではないか。食べても、出しても、変わらない。そう思うと、奇妙な孤独感に襲われた。

アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』

tanemaki.iwanami.co.jp

はじめに ピッピは時間なんてないことに気づきました

久しぶりに『長くつ下のピッピ』を読んだ。娘が小学校低学年の時に、一緒に読んで以来だから、十数年ぶりだろうか。そして、マクタガートの『時間の非実在性』を感じた。こんなシーンを想像してみてほしい。

「ねえ、時間って本当にあるの?」

長くつ下のピッピ/アストリッド・リンドグレーン, イングリッド・ヴァン・ニイマン, 菱木 晃子|リンドグレーン・コレクション - 岩波書店
gyazo.com

納富信留「日本語による哲学の試み」哲学の10冊

gyazo.com

和辻哲郎『風土』、田中美知太郎『ロゴスとイデア』、 丸山眞男『日本政治思想史研究』、手塚治虫『火の鳥』、大森荘蔵『物と心』、坂部恵『仮面の解釈学』、井筒俊彦『意識と本質』、上野千鶴子『家父長制と資本制』、柄谷行人『トランスクリティーク』、飯田隆『日本語と論理』

www.yomiuri.co.jp

inner monologue

アラブ系以外も外国行くと皆常に電話で話していますね。これに関しては説があり: 人間には自己会話internal monologueできる人とそうじゃない人がいる。日本人は漫画とかアニメでもそうだが常に脳内で自分と会話している。しかしない人は常にそれを他者との会話で補填せねばならない。

https://x.com/whatsreallife/status/1988496030208279001

この引用は文脈がズレているので危うい。ここで述べられていることは「アラブ人は "inner monologue" を持たない。だから電話でしょっちゅう誰かと話している」。ということではない。そして「 "inner monologue" は日本人に特有の現象だ」という事実はない。ダウト。

それぞれはまったく別の文脈に属する事柄だ。だからリプライ、会話としては不成立。ただこの話者は自分の知識をひけらかしたいだけだったのだろう。ただただ誤解を招くだけなので不誠実。


だがしかし、

"inner monologue" を持たない人、 "inner monologue" が他者の声である人、というのは確かにいるらしい。興味深い。

gigazine.net

レーベンブリュック氏の研究では、モノローグが持つ3つの側面に沿って多様性を分析する神経認知モデルとして「ConDialInt(凝縮-対話性-志向性)モデル」を提案しています。このモデルに基づき、思考をして言葉を発する際の口や喉の動きなどを観察することで、モノローグの種類を正確に分類してより包括的な神経認知モデルが検討されています。この神経認知モデルが構築された際には、実際にモノローグを頭の中で発しているかどうか判断することができます。

https://gigazine.net/news/20230802-inner-monologue/

The ConDialInt neurocognitive model of multidimensional inner speech.... | Download Scientific Diagram
gyazo.com


www.livescience.com

www.france24.com

www.theguardian.com

fr.wikipedia.org

www.researchgate.net

linklog 2025-11-17

linklog を復活。
( rururu.app *1 の pawprints からの転記)*2*3*4

https://nhkbook-hiraku.com/n/ncd7a18f2b780

徐々に私なりにつかまえたことがある。それは、詩を感じさせるきっかけが、思ったよりずっと運動にもとづいていたことだ。「身長が止まったのです。」がまさにそうで、表現するために選んだ言葉を、文末の「です。」にむりやり押し込んだ、その手つきによって、もしかして、詩のようにはならなかったかもしれない文言に、偶然に詩情がすっと滑り込んだ。

https://yuta25.on.bolg.in/p/3mLJDXQ7q16bJZPcEqdoLp

Tumblrで日記を書く界隈というかクラスタがあって、それはクラスタとかではなくてそれぞれが個人で書いてたりもしそうなんだけど、これはけっこう、良いなと思っていて、

https://wirelesswire.jp/2025/11/91765/

内容の要点は、日本では古代から近世にかけて、木材需要の高まりによる森林の過剰伐採で2度の危機に直面したが、政治的・自主的な規制と創意工夫により、持続可能な林業を確立したというもの。書名のとおり、日本の森林は各時代における日本人の叡智によって「つくられて」きたのだ、というのが米国人学者タットマン教授のメッセージ。彼は、欧米や中国では少数の例外を除いて、人間活動で失われた森林は回復できていないと指摘する。

https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/musicians-journey-01/

しばらく経ったある日、そのお坊さんの部屋の前を通りかかったら、めっちゃかっこいい音楽が聞こえてきたんです。「これなんですか!?」と訊いたら、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)の『The Complete Live At The Plugged Nickel 1965』っていうボックスセットだったんですね。

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Complete_Live_at_the_Plugged_Nickel_1965

プラグド・ニッケルのセットリストは、 ESPの「Agitation」を除いて、ほとんどがスタンダード曲で構成されていた。ハンコックはこう記している。「マイルスが1曲目のカウントを切った瞬間から、いかに期待を裏切る演奏をするかに集中し始めた。曲が盛り上がり、自然なピークに達すると、ついついそれを押し上げてしまいたくなるものだ。しかし私は、静かな一音で急激に盛り下げた。トニーも同様に、音量と激しさを増していくと、ベースドラムを叩く代わりに、シンバルを軽く叩いた。私たちもその逆をやって、曲が終わりに近づいた瞬間に、急激に激しさを増していった。」ショーターは回想している。「彼らが私の足元からどん底まで突き落とす音を聞いた時、私は「頑張れ!」と思った。... バンドに加入して1年ちょっと経った頃だったが、次に気づいた時には私たちは遥か彼方へと旅立っていた。まるで... これが自由の意味かと。この領域に伴う大きな責任とは、限界に挑戦することだという意識があった。責任が表現へと変換され、それはまるで素晴らしい冒険のように聞こえた。」これらのセットの間、テンポは変化し、曲は認識できないほどに引き伸ばされた。

https://www.ele-king.net/news/012022/

そしてダブの時代は続く

https://thebugvsghostdubs.bandcamp.com/album/implosion

パブリック・エネミーのアンセミックな「Bring the Noise」でチャックDが「ベース、どこまで低くできるんだ?」と宣言したとき、彼はおそらく「Implosion」の10,000ファゾムの深さ、背骨を曲げるようなベースラインと地震のような揺れを先取り、または煽動していたのでしょう。

『Implosion』は、The Bug自身のレーベルPRESSUREからリリースされた、衝撃的なスプリットアルバムだ。スペクトラル・ダブの新たな形を描き出すこのサウンドは、意図的に没入感があり、内向的で、そして紛れもなく内破的なサウンドとなっている。重厚なリッド、ぼやけた視界、そして容赦ない低音ビンの責め苦を追い求めたこの作品は、瞑想と低音理論の融合であり、本質的にはサウンドシステムへの傾倒を告白するものと言えるだろう。

https://note.com/happano/n/nbb3eb0a567e3

この日はたとえ天気が晴天であっても、空気に何かいつもと違うものが漂っています。愛する者たちが帰ってくる日、それが死者の日。彼らが好きな食べものを用意し、祀り祝い、祭壇を街を飾ります。国中でそれが行なわれます。

https://note.com/mmmmm_mmmmm/n/nbe4e8bbd4707

日記を書き忘れた。日記のことをすっかりと忘れていた。日記のことだけでなく、大学で授業を終えて、お昼を食べた後にしたことをきれいさっぱり忘れている。私は何をした?

https://nhkbook-hiraku.com/n/nd61a4ecb8d63

しかし、1つのアイデアが降りてきた。これまで、音楽家についての本、時代を絞った本を書いてきた。だとしたら、その2つの切り口を組み合わせればいいのではないか。つまりは、
・(縦軸)その音楽家が、いちばんすごかった時代
・(横軸)その時代の中で、いちばんすごかった音楽家
この2軸の交わり、質的に量的に図抜けていた=いちばんすごかった「あの時代のあの音楽家」をつなぎ合わせて書けば、新しい形の「通史」になるのではないか

https://diff.wikimedia.org/ja/2025/11/14/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%ad%e3%83%9a%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%a2%e5%88%a9%e7%94%a8%e8%80%85%e3%81%ab%e6%96%b0%e3%81%97%e3%81%84%e3%83%88%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%83%89/

人々が知識を得る新しい方法を私たちは歓迎します。しかしながらLLMやAIチャットボット、検索エンジンやソーシャルプラットフォームには、もっと多くの人にウィキペディアを訪問するように勧めてもらわなければならないし、それはウィキメディアのコンテンツ利用と、多くの人々やプラットフォームが依存する無償の知識の流通と、どちらも持続させるために必須なのです。ウィキペディアへのアクセスが減った場合、コンテンツの充実を保つボランティアの数も減るだろうし、この活動を支援する個人寄付者も減ってしまう恐れがあります。

https://allreviews.jp/review/7431/

しかし著者によるとオデュッセウスは高潔な勇士どころか、寄港ごとにあっちの魔女へフラリ、こっちの仙女へヨロリとする好色浮気なやつ。敵を倒すためにはどんな汚い手も辞さないリアル・ポリティシャンだそうだ。
セイレンたちをたとえるに「シンディ・クロフォードやシャロン・ストーン級の裸の美女たちからベッドに誘われたら、さて、あなたならどうする?」

https://ave-cornerprinting.com/ryo-taguchi-bose-11142025/

めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど、制作の途中で“恥ずかしくてやめる”のはなしにしようって決めて。普段考えていることなら作品にできると思って10作品を描いたので、次にもし第2回の個展があっても、これ以上出てこない(笑)

https://nhkbook-hiraku.com/n/nf0a8c7089702

なかには「キスの練習をしておきたかった」と、なかなかマニアックな回答も。どうやら回答者の男性(30代)は高校時代キスが下手だとガールフレンドに吹聴された過去を、練習不足のためだと後悔しているらしい。そもそも事実だったとしても、それを言いふらすガールフレンドもどうかしている。だから彼には「よくぞ告白してくれた」と、せめてもの賛同と賞賛の念を送りたい。お陰でアンケートが良い意味でざわついただろう。

https://nhkbook-hiraku.com/n/n52b1aba93a73

褒められてうれしいのは、年下の親族だけではない。大事な人は全員そうだ。夫を褒められるのも、好きなタカラジェンヌや大切な友人や自分のファンを褒められるのもうれしい。
褒められると自分のことよりもうれしくなるような大事な人がたくさんいるということは、私の人生における幸福の総量を著しく増やしていると思う。

https://blog.sushi.money/entry/2025/11/11/235900

袋の本来の姿って小物を詰め込むものだと思うので(拾ったどんぐりとか、弓で殺したリスとか)、

https://worksight.substack.com/p/171

文化はグレーな領域があるからこそ発展してきたという歴史を忘れてはいけません。著作権法もまた保護と利用のバランスをとりながら運用されてきました。

だからこそ、社会全体が「寛容さをもつ知性」を育てていくことが重要です。すぐに白黒をつけようとするのではなく、「どこまでが許され、どこからが侵害か」を考え続ける態度そのものが、文化の成熟を支えます。フェアユースの精神とは、創作が息づくための空気のようなもの。作品は作者のものであると同時に、いずれはみんなのものにもなっていく。そのあいだに広がる余白を恐れず、そこに創造と対話の可能性を見いだしていくことが、これからの文化を支える基盤になるはずです。

https://www.ele-king.net/news/012015/

数年前のある日、ダニエルはインターネット・アーカイブから膨大なサンプル・ライブラリが消え去っていることを発見する。数え切れない作品に陰影を与えてきた音源たちが、一瞬にして闇に呑み込まれたという出来事。それは文化の断絶、時代の記憶を繋ぐ回線が無慈悲に断ち切られるような体験だった。しかしそのことが彼に創造的なエネルギーを与えた。

https://criticalcycling.com/2025/11/children-wheelgraphy-reloaded/

自転車という乗り物は、技術の上手さや走りの強さというものが、競技的に取り組む人と日常用途に乗る人との間で、極端な振れ幅になることが多い。数キロの移動にだけ使う人と、200キロ以上を乗り込む人。電動アシストを必要とする人と、斜度12%の坂を笑顔で踏んでいく人。そして年齢も子供から大人まで、バラバラである。移動手段そのものが多様性であるから、日々同じ道を走っていても、それは同じ風景とは限らない。ましてや子供の目に映る、自転車で走る風景というものは、変化に富んでいるのかもしれない。

https://econ101.jp/noah-smith_buffett/

それよりも実態に近そうな説明は,こういうものだ.1960年代,1970年代,1980年代に,アメリカの株式市場がいくぶん非効率だったにすぎない――投資家たちが,たんに愚かな賭けをしていただけだ.そして,冷静な合理性と株式指標に頼らず割安株を探り当てる独自の手法を手にしたバフェットは,平均的な投資家たちがいかに多くのあやまちをおかしているかを見抜いてそこに莫大な資金をかけた最初期の投資家たちの一人だった.

バフェットは,ひとつの時代を定義した.そして,役者は去って幕は閉じられた

https://wirelesswire.jp/2025/11/91751/

例えば「(あなたは私のことが)好きなの?嫌いなの?」という問いかけは今や有名な不良設定問題として認識されるようになりました(「好き/嫌い」は「強い関心がある」という意味では同じ意味ですから「好き/嫌い」の反対語は「無関心」が正解になります)。同様に「役に立つ」の反対語は「役に立たない」ではなく「何の役に立つのかわからない」が正解です。森羅万象世の中に役に立たないものは存在しません。私たちにはニホニウム(Nh113)が何の役に立つのかがわからない程度の想像力しかないことを恥じるべきなのです

https://econ101.jp/noah-smith_an-interesting-idea-about-passive-investing/

でも,もしも市場のみんながこぞってこれをやりだしたらどうなる? もしも,誰も株を自分で選ばなかったら――「ETF購入」ボタンをただクリックする人たちしかいなくなったら――どの株が実際に買う値打ちがあるか探り当てるのに必要な調査を誰がやる? それに,みんなが同じ時に同じ株を買ったり売ったりしていたら,それってなんか危なくないの? 企業統治は? もしもヴァンガードやブラックロックみたいな一握りの資産運用会社がすべての企業を所有するようになったら,競争が減ってしまうんじゃない?

https://www.ele-king.net/columns/012011/

気づけば、どんな話題にも「美学」という言葉が入り込んでいる。K-POPのファンダムでは「〇〇コア」という呼び方が定着し、ファッションでも、写真でも、何かしらの“感じ”に名前がついていく。いま、誰もが美学の話をしている。「Aesthetics Wiki」には既に千以上のページが生まれ、今やリミナルスペースは人気のフォト・スポットである。美学は孤独を説明するのだ、とぼくは思う。

https://pitchfork.com/reviews/albums/patti-smith-horses

冒頭の8語で始まる激しい歌声は、その肉体と血と恵みと根性に聖なる真実を吹き込んでいた。「イエスは誰かの罪のために死んだが、私の罪ではない」と、煙のようにゆっくりと歌い、語りかける。私たちの物語は、ベルトルト・ブレヒトの誕生日、ルー・リードが席に座り、満月が輝く教会から始まる。

https://econ101.jp/noah-smith_the-obvious-solution-for-overtourism-problem/

京都市の混雑問題は外部性だ.そして,外部性があるときには,それに課税する必要がある.ホテル宿泊料〔にかける税〕を調整すれば,「観光客過剰をこれくらい減らしたい」という要望と「これくらい税収をあげたい」という要望のバランスをとることができる.

https://econ101.jp/are-cooperatives-more-virtuous-than-corporations/

協同組合は、その所有者にとっては良い組織形態だ。だがそれは、株式会社がその所有者にとって良いのと全く同じことである。そのため、一方が他方よりも必然的に優れているということはない。協同組合が株式会社よりも優れて有徳に見えるのは、大抵、私たちが企業のステークホルダーのそれぞれに寄せる共感の度合いが異なる(特に、投資家への共感が非常に乏しい)からだ。

https://toshimasa-kobayashi.tumblr.com/post/799559837520478208

カラスたちは都市を領土化し、生ゴミ収集の機を狙っては、住宅地にやってくる。彼らの表情が読み取れない。その目が何を見ているのか、こちらからは識別できない。濃淡のない黒。悪意を誘発するその筐体。たぶん彼らは悪意を持ち合わせていない。周囲を威嚇し、収奪し、飛び立つときも、彼らは部外者の意を介したり、あるいは反したりはしない。用が済んだら、飛び立つだけ。交渉の余地はない

https://yuta25.on.bolg.in/p/2cFGXuheQOBLnP7vuuISL0

フォヌカポウとか亜qw瀬drftgyふじことかなんでもいいけど、世界や感情のほとんどのことは人間にとって意味のある言葉にならない

https://nhkbook-hiraku.com/n/n3634f40b1058

そして何より重要な視点として、この本は地理上の発見から植民地支配に至る歴史を、これまでとは逆側から描こうとしている。支配する側・される側という上下関係ではなく、闖入者を迎え入れる側を含めた登場人物たちがそれぞれの思惑を持って動く。迎える者とやってくる者との関係のダイナミズムが描かれていて、

https://econ101.jp/%e3%83%8e%e3%82%a2%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%80%8c%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%ae%e8%87%aa%e7%94%b1%e3%81%8c%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%89%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab/

言論の自由も報道の自由も,アメリカ人がもつ自由のなかでも一番の基底だ――権威主義国家からアメリカをわかつ中核の価値ってだけじゃなくて,イギリスやカナダみたいに言論・報道の自由をそこまで絶対視していない他の民主主義国ともこの点でアメリカはちがっている.修正第1条が他でもなく第1条なのは偶然じゃない.

*1:Enjoy feeds! - rururu https://rururu.app/

*2:rururu.app の pawprint から linklog を思い出す - copy and destroy https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/03/25/174818

*3:そんなわけで(どんなわけで)長らくご無沙汰していた rururu.app に復帰してみました。僕の使い方だとそこには、絶対に引用しなければならない、みたいな強制力があります。たぶんそのように感じるのは僕の勘違い、誤解であり、そういう使い方は誤用だと思います。 https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/11/08/094956

*4:フィードリーダーというか、一行メモ付きアンテナ https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2025/04/20/122028#f-edb14fab

クワイン

https://blog.sushi.money/entry/2025/11/15/235900

一番感動したのは、やっぱり大林さんのクワインの話で、printfの第1引数と第2引数に同じ変数を渡すことができて、%sという文字を渡すと、printfの結果、%sが%sと置き換わって、%sが出力される。結果は一緒なので、何も起きないように見えているけど中身は入れ替わっている。

$ perl -e 'my $s="%s";printf($s, $s)'
%s

https://en.wikipedia.org/wiki/Quine_(computing)

クワインとは、入力を一切受け取らず、自身のソースコードのコピーのみを出力するコンピュータプログラムです。計算可能性理論やコンピュータ科学の文献では、これらのプログラムを「自己複製プログラム」、「自己増殖プログラム」、「自己複製プログラム」といった 標準的な用語で表現しています。

「クワイン」という名前は、ダグラス・ホフスタッターが1979年に出版した人気科学書『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の中で、間接的な自己言及について広範な研究を行った哲学者ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン(1908年 - 2000年)に敬意を表して名付けられました。特に、クワインのパラドックスとして知られる次のようなパラドックスを生み出す表現にちなんで名付けられました。

Quine's paradox - Wikipedia

"yields falsehood when preceded by its quotation" yields falsehood when preceded by its quotation.

自己言及のパラドックス - Wikipedia

哲学および論理学における自己言及のパラドックス(じこげんきゅうのパラドックス)または嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである。この文に古典的な二値の真理値をあてはめようとすると矛盾が生じる

「この文は偽である」が真なら、それは偽だということになり、偽ならばその内容は真ということになり……というように無限に連鎖する。同様に「この文は偽である」が偽なら、それは真ということになり、真ならば内容から偽ということになり……と、この場合も無限に連鎖する。

https://fortee.jp/yapc-fukuoka-2025/proposal/28b3a042-a2e9-4866-bd76-3be08608c7b2

Quineというのは自分自身を出力するプログラムのことで,プログラミングによるアートです。Web上には様々なQuineが公開され,その芸術を競っています。皆さんはそういったQuineを見てQuineとは難しいものだと思われているかもしれません。しかし恐れることはありません。Quineは皆さんと共にあります。ライブコーディング形式でやりますので皆さんもノートPCを持参して一緒に書いてみてください!

この話はもともとYAPC::Kyoto 2020で話す予定でしたが、COVID-19で延期になってしまい、結局Rebootできずお蔵入りになったものです。今回のYAPCのテーマは「きゅう」ということでこの機会にQ(uine)のお話を復活させたいと思います。

普段はPythonやRubyを書いているのですが、Quineは言語はあまり関係ないのでYAPCですしPerlでお話します。

日記の練習です。

無印良品スタッフスナップです。履いているのはヴァンズ Vans の定番シューズ Era なんだけど、雰囲気がちょっと違ってて、ソールがちょっと厚い。厚底。こういうのを「プラットフォーム」と呼ぶらしい*1

本物の(マジの、リアルの)ランニングシューズもカーボンプレートが入ったりして厚底になっている。ファッションもそれと同調してというわけではないけどもシンクロしていて面白い。

gyazo.com

https://www.muji.com/jp/ja/shop/046613/articles/staffsnap/women/1630177
gyazo.com

小山健『首領ちゃん』、面白いので読んで!

日記の練習です。

小山健『首領ちゃん』(モーニング誌上で連載中)、面白いので、読んでほしいの心。毎週木曜日の更新です。

https://x.com/shuryochan_na/status/1980455888650662346
gyazo.com

comic-days.com







以下、応援です。

スーパーマーケットの首領ちゃん

首領ちゃん、アイドルヒーローと共闘

首領ちゃん、おねーちゃんになる

首領ちゃん、大きいダンボール最高!

首領ちゃん 理容室へ行く

首領ちゃん、「ありがとう」って言えてカッコイイ

首領ちゃんとネバーギブアップ!ピュアピュア!

トップヒーローとネバーギブアップ!ピュアピュア!

トップヒーローと首領ちゃんの生活(リアル)

首領ちゃん、幼稚園と対峙する




面白いマンガはとにかく読まれてほしい、売れてほしい。単行本発売までたどり着いてほしい、生き延びてほしい、の心です。

沢村慎太郎『軽トラ技術考現学』(2017年)

gyazo.com

Motorfan illustrated(モーターファンイラストレーテッド)電子書籍 | TOPPER[トッパー] | 自動車のテクノロジーを探求・未来を予見するメディア
gyazo.com

月額1,760円払えば、モーターファン・イラストレーテッド、バックナンバーが読める

mf-topper.jp

アメリカには「25年ルール」がある。輸入する車は製造から25年以上経っていなければならない

アメリカを走る「軽自動車」:25年前の日本車を愛する人びとの集い - by Hidehiko Ebi

──ここ数年、アメリカで軽自動車人気が高まっている主な理由は何だと思いますか。

まず大きいのは、アメリカには「25年ルール」があるという点です。これは、外国から輸入できる車は製造から少なくとも25年以上経っていなければならないという規則で、この制限によって、アメリカの車好きが注目するのは1980〜90年代の日本車になります。日産の「スカイライン」、マツダの「RX-7」、トヨタの「スープラ」といった、いわゆる“ヒーローカー”ですね。

しかし、そうした車を日本から輸入するとなると非常に高額になります。そこで、より手頃な日本車を探すなかで、軽自動車の存在に気づく人が増えました。加えて、アメリカでは車、特にトラックや小型トラックの価値が下がりにくい。軽トラックはコスト面でも魅力的で、その存在が次第に注目されるようになったのです。

──価格が安いだけでなく、価値も下がらないのですね。

そして2025年からは、2000年以前の車までが輸入の対象になります。つまり、現行の軽自動車の排気量である660ccの車がちょうど対象になり始めたことで、一気に“おいしい時期”に入ったんです。わたしの理解では、660cc規格が始まったのは1990年。ここ10年ほどが、軽自動車や軽トラックがアメリカに入ってくる“黄金期”だと思います。

──660ccが輸入可能になったことで人気が加速したということは、それ以前の規格だとアメリカでは走るのが難しかったのでしょうか。

660ccという排気量は、実用面で“使えるか使えないか”の境界にあたります。友人のなかには360ccや550ccといった初期の軽自動車を所有している人もいますが、アメリカの高速道路では走れません。最新の660cc規格でもすべての制限速度に対応できるわけではなく、走行可能な道路は限られてきます。

──つまり、アメリカの高速道路を走るには最低でも660ccに達している必要があるというわけですね。

そうなんです。ここ数年で購入者が増えているのもそのためだと思われます。ただし25年ルールは非常に長い規制です。例えばカナダは「15年ルール」で、2010年までの車が輸入できますので、世界的に見てもアメリカはかなり厳しいほうでしょう。

25年ルールとは、クラシックカー登録制度(法律の例外)

https://www.qsha-oh.com/historia/article/3662/

25年ルールとは、製造から25年以上経過した右ハンドルのクルマをアメリカ国内にそのまま輸入できる法律の例外にあたる特別ルールのことです。

アメリカでは、原則として右ハンドル車を輸入できません。つまり、日本車やイギリス車などをそのまま輸入することができないのです。

しかし、製造から25年が経過したクルマであれば、クラシックカーとして登録することが可能となるため、右ハンドル車である日本車やイギリス車をそのまま輸入できるようになります。

また、関税や排ガス規制も対象外になることも25年ルールの特徴です。

このようなアメリカのクラシックカー登録制度(法律の例外)が25年ルールとなります。

もはや創作に近い

tsuchika.com

作品内容を解釈するかわりに、読まずに無視したり好き勝手に改変して論じる批評家が、まったく傲然とした態度で一歩も引き下がらないのは、自然なことかもしれない。なぜなら、たとえ知的怠慢や詐欺から出発したものでも、そのように無いことを書いて流布する行為はもはや創作に近いため、否応なく創作の喜びに目覚めることになり、自分が産み落とした創作物に対する愛やプライドが芽生えてしまうから

単相200V 1900W 業務用電子レンジ

x.com

ビルトインのオーブンレンジと同じくらいの価格。

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