copy and destroy

catch and eat

これは日記の練習です。

今日もインターネットの洞窟に文章を書いていきます。

インターネットに書かれる日記、文章はいずれ消えてなくなってしまう運命だ。いやなら羊皮でも壁画でも石塔でも石像でもピラミッドでもなんでも好きにすればイイ

https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2023/07/20/095834

彼はこの作品を、フランスのラスコー洞窟壁画に例えました。

nakanohajime's tumblelog (working title) | かつて友人に、J.D.サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』のどこがいいのか、尋ねたことがあります...

洞窟の比喩

「それは過激な見方ではある。空間も時間もそれ単独では価値を失い、影へと隠れてしまうことになるからだ」。 「影へと隠れる」というのは、たんなる詩的表現ではないとミンコフスキーは言った。彼が言ったのは文字通りのことだ。私たちが知覚している現実は一種の投影である。プラトンが「洞窟の比喩」で使った、火に照らされた物体の影のようなものだ。

今週末の良かったこと - copy and destroy

そうですね、あふれる情報の嵐の中で、われわれはその事象の後ろに漂う意味ありげな影についてちょっとどころかかなり食傷気味ではあります

コードの世界で生きている人たちが、母国語のリファレンスを参照しない問題について - hub

洞窟の中で、実体を見ようとすることなく、篝火に映し出される影(イデア)に翻弄されるヒト:人類の現状について考えるために、ソンタグが記した随想をたぐることは無意味ではあるまい。 私自身の気持ちはいまそこに向いている。 洞窟から一歩踏み出すために。

https://note.com/dannna_o/n/n409aad1c66c3

沈黙ゴールデン - by youkoseki - #たよりない話
インターネットで人がおかしくなっていく話。インターネットのせいではなくて、人はもともとおかしくなっていく生き物なのだ。それが見えるようになったのがインターネットだったのだ。人の変わりやすさと変わりにくさ、その両方を目の当たりにしているんだと思う。人類がいままでそれほどの繋がりを経験したことがないだけ

家族でさえここまで繋がっていることはなかった。もっとバラバラだった。両親でさえ普通は疎遠になるものだ。ましてや友人や知人なんていうのはあっという間に離れ離れになるものだった

人間にはすこぶる変化しやすいところと、全く微動だにしないところがあると思う

スマートフォンはどうなのかといえば2008年から15年、若者どころかオッサンオバサンおじいさんおばあさんが四六時中スマートフォンを擦っているのを見れば、変化なんていっさい受け入れないだろうと思われるような年代の人々でさえも、受け入れるどころか自ら突っ込んでいる状況。簡単に人間は変わる

100年前、経験と迷信と洞察力と信仰と行き当りばったりだった感染症との戦いは、100年後、かたや、 PCR 、ワクチン、医学と科学の進歩と、こなた、デマ、中傷、分断といった鈍臭さとの戦いになっていた。テクノロジーは進歩したが人類は全然進化していなかった。

2021年を探す - copy and destroy

2022年、戦争が始まった。100年前と現在はミックスされた。スパニッシュインフルエンザと COVID-19 を、そして、第一次世界大戦とロシアのウクライナ侵攻を。 潜り続けて来た過去と、いま立っているこの場所は、接続されてしまった。それはまるでカーステレオでロードノイズとオーケストラをミックスするみたいに。1年前のプレイリストとクラシカル・ミュージックと Discover Weekly をミックスするみたいに。

2022年を探す - copy and destroy

人類は全然進化していなかった。100年前と現在は簡単にミックスされた

人間なんて普通に生きていれば、なにがしかちょっと狂うんだろう。生きるっていうのはそれくらい大変なことなのだ

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